第二十二話 見習いとその助手と依頼人とタマ

「私の錬金術は……」


「あー言わなくていい。錬金術師にとって錬金術は切り札だからな」


「でもそれでは特訓はできないのでは」


「ふふん、そうでもないぞ。よっしゃ、今日は三人で走り込みだ!」


 紅城さんは先ほどの重い雰囲気とは間反対に、いつも通りの明るい声を上げていた。


 公園を出て市街地を適度なスピードで走り込む。


 それだけなら聞こえはいいが、走り込みの量がかなりえげつない。


 休み無しで二時間休みなしで走り続ける。


 初めは僕もよくぶっ倒れたものだ。


 そしてその次の日は筋肉痛のコンボ。


 今ではぶっ倒れることは無くなったものの、定期的に筋肉痛は発生する。


 そんな特訓に、運動部でもない一色さんが耐えられるはずもない。


 まあ僕も部活はしていないんだけどね。


「ぜえ、ぜえ、はあ、げほっ! もう、大分走り、ました、よね?」


「いや、全然まだまだだよ」


「そ、そんなあ」


 一色さんは地面に足から崩れ落ちる。


「小暮さんに安心させられるようにあとちょっと頑張ろう、一色さん」


 僕は僕で上がっている息を何とか抑えながら、一色さんに手を伸ばす。


「……はい!」


 一色さんは僕の手に掴まり立ち上がる。


 するとだいぶ先の方を走っていた紅城さんが戻ってきた。


「遅え、置いてくぞ」


 驚くことに、紅城さんは仮面をつけているにも関わらず息が少しも上がっていない。


 なんというタフさだ。


「すごいですね、仮面をつけながら走るのってしんどくないんですか?」


 一色さんはもっともな質問を問いかける。


「全然、まあ鍛え方が違うんだよ」


 彼女はわざわざ仮面を外し、渾身のどや顔をお披露目した。


「あれ、それってとって良い奴なんですか?」


「おん。まあ周りに妖の気配も無いし、錬金術も使う予定無いしな」


「か、可愛い」


「ん?」


 一色さんは、紅城さんの素顔をまじまじと見つめる。


「まさかこんな小さい女の子がすごい錬金術師だっただなんて」


「小さい言うな。平均より三センチ低いだけだ」


 平均を覚えている所を見ると、きっと気にしているのだろう。


「世の中見た目じゃないですね。私も頑張ります!」


 よく分からないが、どうやらやる気が上がったらしい。


 僕と紅城さんはお互いに顔を合わせ、首を四十五度傾けた。



「やあ、久しぶり。と言うほどでもないか」


 小暮さんはこの前会った時と同じように、新聞を片手にコーヒーを嗜み、深く帽子をかぶっている。


 だが今回は目的が違う。


 この前は一色さんに出会って、それで小暮さんと出会った。


 だが今回は一色さんを通して呼ばれた。


 そして何よりも今回は、


「あ、どーもどーも! 依頼人の伏見 恭介ふせみ きょうすけです! ……って一色さんに黒葬君じゃん、どーゆーこと!?」


 キャラが増えた。それもうるさめの。


「もしかしてあれか、バイトか? 今時探偵のバイトって珍しいなあ」


 伏見恭介、僕と一色さんと同じクラスで委員長。


 友好関係も広く、成績優秀、運動神経抜群のスーパーマン。


 トレードマークはいつでもどこでもつけているサングラス。


 所謂陽キャだ。


 僕みたいな陰キャとは間反対の人間であり、関わることは無いと思っていたのだが……。


「伏見くん、どうしてここに?」


「だから依頼やって! という訳でよろしくな歩!」


 さすが陽キャ。


 距離感の詰め方が半端ではない。


「う、うん。よろしく、伏見君」


 やっぱりコミュニケーションは難しいな。


 どうしても緊張してしまう。


「じゃあ三人そろったところだし、今回の依頼について話そうか」


「あ、今回小暮さんは用事で来れないんスよね」


「そうなんだよ。だからこの二人を呼んだんだ」


「ええ!? 小暮さんにお呼ばれされるとか何者!?」


 伏見君はわざとらしく両腕を上げた。


「私は探偵見習いです」


「僕はその助手っていう設定にしようと思う」


「あっはっは! なんか面白いな!」


「ちなみに依頼って?」


「ああ、うちで飼ってる猫が脱走してさ。うちの癒し担当、タマの捜索」


「……え?」



 という訳で三人で手分けをして猫探しを始めた。


「どこだー、おーい、タマー」


 僕は棒読みで猫の名前を呼ぶ。


 がさがさと公園の植え込みをかき分ける。


 伏見君に聞いたところ、彼の飼い猫の「タマ」と言う名前は本名じゃないらしい。


 なんだっけな。


 確か、タマモラウンダーマルサンダルフォンアレキサンドロスだ。


 よくこの早口言葉みたいな覚えられたな。


 呪文のように覚えた成果だ。全く使えないけど。


「おーいタマ、そろそろ出てきてく……」


 直後、僕のいるあたりに影が広がった。


 周囲の人は姿を消し、僕一人だけになる。


 あの時と同じ感じ。水瓶座か!?


「あと、三日、三日、だ、だよ、おお、お」


 まるで地中深く深くから聞こえてくる、地獄の雄たけびのような声だった。


 それは一瞬で消え、周囲も元通りになった。


 元から何も無かったかのように、影のように消えてしまった。


 いったい何だったのだろうか。


 あと三日。


 僕はそれまでに小暮英司と言う人の目的を、確実に暴かなければならない。


 連盟に小暮さん、妖に僕の過去。そして紅城さん。


 課題は山積みだ。

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