第十八話 疑惑

「うわー、中ボロボロだな」


 中は木造の椅子がいくつか並べられているだけで、それ以外の物は何もなかった。


 まあ元はあったのかもしれないが、それも持ち出されてしまったのだろう。


「崩れやすそうですねー、あの壁とか押せば倒れそうです」


 一色さんは、いかにも探偵っぽい帽子をかぶり、いかにも探偵っぽいコートを羽織っている。


「コスプレみたいだね」


「小暮さんにはまず形から入れ、って言われたのでそれっぽいコートを買ったんです。帽子は小暮さんからもらいました」


 そういえば小暮さんも同じような帽子をかぶっていた気がする。


「でも妖いませんね」


「……一匹もいないのはおかしいな。いや、まさか!?」


「どうしたんですか?」


「ここから早く出よう! 急ごう!」


 妖がここにいない理由。


 妖と言うのは、極度の飢餓状態になると共食いをし始める。


 生き残るのはもちろん強い妖。


 強い妖とはつまり、


「gjrがgれうkぐぇgkrgtcき3g32ういk3gk?」


 突然目の前からが伸びてきた。


 陽炎のようにゆらゆらと不定形だ。


 僕はすぐさま一色さんの手を取り、出口へと急ぐ。


 だが、


「クソ、囲まれた」


 同じような影が、全方位から伸びてきた。


 ゆらゆら、ゆらゆらと。


「わわわ、ばり出てきとるけん!? どうなっとーと!?」


 方言!?


 いや今はそんなことよりこいつらをどうにかしないと。


「うsぎゅgしdぎkygfすぃがs……あ、ああああああああ!」


 すると影たちは急に叫び始めた。


 だが悠長に構えている暇はない。


 木刀を構える。


「一色さん、僕が道を開けるからそこから逃げよう。多分こいつらは……」


「ああああ、ああああ、ああ、あ、あー、ひ、さび、さの、にんげ、ん」


 影たちの声が、人側に寄ってきた。


 おそらくさっきまでの意味の分からない言葉は、妖の言葉なのだろうか。


「おれ、たちは、おうどう、じゅうに、せい。みずがめ、の、スカト・サダルスウド」


 やっぱりそうか。


 黄道十二星、あのエスカマリとかいう奴のいる組織。


 妖は人を喰うことによって力をつけていく。


 だが妖同士を喰うことによっても力をつけることができる妖もいる。


 この妖はその類だ。


 ここにずっと潜んでいたことによって、次々に湧く妖を喰い続けたに違いない。


「にが、し、て、やる」


「!?」


「た、だし、つぎは、たん、て、い、を、つれて、こい。たんてい、だよ、あの、いま、いまし、き、たんてい、たんていたんていたんていたんていたんていたんてい!」


 影は狂ったように探偵と叫び続けた。


 僕の頭の中には、探偵と言われて思いつく人はあの人しかいない。


 だがどういうことだ、あの人は錬金術師じゃない。


 今回のこの場所も、僕が勝手に妖がかなり出現しそうだから危険だと思っただけであって、小暮さんは何も言っていなかった。


 小暮さんはこの場所が老朽化して危険だから、僕に依頼をして一色さんと調査に出したのだと思っていた。


 だがあまりにも都合が良さすぎやしないだろうか。


 そもそも依頼はこの建物の調査。


 だが探偵に頼む前に、業者に頼むのが一般的だろう。


 どんどんと確信に近づいてきた感じがする。


 小暮さんは何のために僕たちをこの場所に向かわせたんだ?


 小暮さんは、錬金術師なのか?


「た、んて、い、つれて、こな、かった、ら、ま、ちの、にん、げ、ん、ころ、す、ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす!!」


 影は大きく伸び、体をうねうねとよじらせた。


「いっしゅ、う、かん、だ。それ、が、じか、ん、せ、いげん、こぐれ、えいじ、つれて、こい」


 言い終えると、影は元からそこには何もなかったかのように消えてしまった。


 嵐の後の静寂のような気配に包まれ、僕たちは外へ出た。


 外へ出ると、不気味なほど静まり返っていた。


 この廃墟の周りには建物がほとんど立っていない。


 なぜかそれが不気味だった。

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