第十七話 頼られるために

「えと、まず廃墟を調べればいいんでしたっけ」


「……」


「一色さん?」


「は、はい!?」


「大丈夫ですか? さっきからずっと心ここにあらずって感じですけど」


「あはは……すみません」


 彼女は力なく笑った。


 先ほど、小暮さんに依頼を受けた。


 探偵から依頼を受けるというなんとも奇妙なことだが、どうしてもとお願いされたのだ。


「わたしは別件があってね、動くことができないんだ。まだまだ未熟な一色君だが、頼むよ―――黒葬君」


 さてどうしたものか。


 廃墟と言うのは町はずれにある、元宗教団体の礼拝堂のような場所だったと聞く。


 そこに妖が大量に出現しているらしく、調査してくれとのことだった。


 だが妖が絡む事案の異常、半端は危険だ。


「……力になるか分かりませんけど、僕でいいなら相談に乗りますよ?」


 するとしばらく考えていたようだったが、


「すみません、相談のってもらってもいいですか?」


 という訳で近くのカフェに寄った。


 何も頼まないのはマナー違反だと思ったので、僕と彼女でそれぞれカフェオレを頼んだ。


 暖かい飲み物を飲んだことで落ち着いたようだ。


「すみません、迷惑ですよね」


「いえ、全然気にしなくていいです。それより敬語止めませんか? 同い年ですし、なんなら同じクラスなので……」


 僕は言っていて悲しくなった。


 そういや僕、同じクラスなのに名前も覚えていなかったんだな。


 ははは、全然笑えない。


「そうですね。では、普通に話します」


 天然なのだろうか。


 話し方はさっきまでとあまり変わっていないような気もするが。


「小暮さん、やっぱり私のこと信頼してくれてないのかな……」


 あー、そっちかー。


 僕はてっきり錬金術師になったけど、妖と関わりたくないとかだと思っていた。


「今回の調査だって本来は私一人で出来なければ駄目な仕事なんです。でも私が力不足だから黒葬さんにも迷惑かけて、本当探偵失格ですよね……」


 ……?


 多分小暮さんが言いたいのはそういうことじゃないと思う。


 きっとあの人が言いたいのは、


「小暮さんはきっと一色さんが大事なんだと思うよ」


「それはどういう?」


「まあいずれ分かると思うよ」


「ええ!? 教えてくださいよ!」


「ははは、僕は人を見る目だけはあるんだよ」


 彼女は頬を膨らませたが、僕からは言う気はない。


 きっと小暮さんはいい人なんだろうな。


 それからしばらく、お互い無言でカフェオレを飲み続けた。


「じゃあそろそろ行こうか」


「そうですね。あ、お金は私が払います」


「いや、いいよ。今日は僕が払うからさ、また僕が困った時に力を貸してくれると嬉しい。それでプラマイゼロ」


「……すみません。ありがとうございます」


 カフェを出て、僕たちは目的の廃墟まで歩く。


 廃墟はそこそこ大きな建物で、町のスーパーマーケットくらいはありそうだ。


 だが廃墟の土地を使って何かを開拓しようという話は、今のところ出ていない。


 理由はもちろんある。


 普段の妖は人の目には見えないとはいえ、いわくが付いた場所を誰も買いたくない。


 誰も心霊スポットを住宅にしたがらないのと同じだ。


 廃墟の前まで来た。


「雰囲気ありますね……」


 壁の塗装は剥がれ落ち、落書きが無数に色づけられ、窓ガラスはほぼ全て割れていた。


 扉には、何年も昔のポスターが張られており、その一角だけ時代に取り残されているような寂しさを感じた。


 廃墟に妖がたまりやすいのは、暗い場所であること、人の負の感情が集まりやすいこと、人気が無いこと。


 これらすべての条件がベストマッチしているのが廃墟なのだ。


「よし、中に入るか。見つからないようにしないと……って大丈夫?」


「は、はい! へ、平気です」


 どう見ても平気な顔をしていない。


 顔が真っ青だ。


「ごめんなさい、嘘です! 本当はお化け屋敷とかの類ものすごく苦手です!」


「うん、何となくそうだと思った。どうする? 僕一人で行ってこようか」


「それは駄目です。私も成長しないと小暮さんに合わせる顔がありません」


 彼女は震える手で右手をグッと握った。

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