第二章 異次元探偵

第十六話 探偵見習い

 試験からしばらく経ったある日、僕は散歩をしていた。


 紅城さんは仕事で出かけると言っていたので、実質今日はオフだ。


 毎日特訓続きだったので、気晴らしに散歩でも、と思ってのことだ。


 まあ特訓続きとはいえ、同じだけゲームもしていた気もするが。


 そんな時だった。


 僕は後ろから声をかけられた。


「あのう」


「はい?」


 振り返ると、髪の長い女の人が立っていた。


 見覚えのない人だったので、きっと人違いだろう。


「えっと、僕であってますか?」


「あ、そのー、やっぱり覚えてないですよね」


 覚えてない?


 と言う事はやっぱり僕であっているのか?


 うーん、思い出そうとしてもやっぱり思い出せないな。


 ……あ。


「もしかしてあの大きい妖に捕まってた人?」


「そうです、そうです! その節は本当にありがとうございました」


 思い出した、試験の入り口にいたあの大型の妖に捕まっていた人だ。


 助けた後、いろいろとバタバタしていたから全く話せなかったのだ。


 まさかこんなところで合うとは。


 家が近いのだろうか。


「そのー、黒葬さん」


「あれ、名前って教えましたっけ」


「あはは、やっぱりでしたか。同じクラスですよ」


 同じクラス……?


 まさか!?


 ―――やっちまった。


「本当に、本当すみません」


「いやいや、全然大丈夫ですので! 私影が薄いほうなので。……あ」


 すると彼女はバツが悪そうな顔をした。


「……すみません」


「良いですよ、本当のことですし。……うん」


 なんだか陰の雰囲気に包まれてしまった。


 何だろう、この雰囲気。


 結構つらい。


 行け、歩!


 何とかしてこの雰囲気を打開しろ!


「「あの」」


 かぶった。


「あ、あの先どうぞ」


「へ、あ、ありがとう、ございます?」


 彼女は一回喉を鳴らす。


「私、一色 彩いっしき あやと言います。あはは、初対面でもないクラスメイトに自己紹介するのってなんだか不思議な感じですね」


「本当、すみません」


 僕は頭を下げる。


 僕がもっと他の人に興味があったのならこんな気まずさは無かったのだろうか。


 いや、もう起こってしまったことだ。


 そこに関してうじうじとしていても仕方ない。


 そう、考えるべきは未来のことだ。


「それで、どうしたんですか?」


 まさかお礼を言いに来ただけでもあるまい。


 お礼だけなら学校だけでも……まあ人目のつかない場所を探す必要があるが。


「実はその、お話があるんです。お話と言うかお願いと言うか」


「……?」


「今からって時間空いてますか?」


「時間ならありますけど……」


「じゃあついて来て欲しい場所があるんです」


 こうして僕は散歩を切り上げ、彼女に付いて行くことにした。


 ついて行った先は、とある喫茶店。


 の上にある事務所であった。


 何の事務所か、それは


「探偵事務所って、一色さん探偵だったんですか?」


「まだ見習ですよ。錬金術師としても助けてもらっての合格のなので未熟だらけです」


 彼女は小さく笑った。


 だが助けてもらっての合格と言うなら僕もだ。


 八頭君と白洲さんが助けてくれなければ確実に死んでいた。


「中に入りましょう。中に私の探偵としての師匠がいます。その人とお話してもらいたいのです」


 中に入ると、コーヒーの香ばしい香りと古い書物の臭いが同時に飛び込んできた。


 大きな本棚に、数えきれないほどの本が収められている。


「やあ、待っていたよ」


 その声の主は、一室の事務机に座っていた男だった。


 新聞をたたみ、机の端へ寄せる。


 彼は立ち上がると、僕に右手を出した。


「わたしは小暮 英司こぐれ えいじ、探偵をさせてもらってる」


 僕は小暮さんの手を掴み、握手を交わす。


「初めまして、僕は黒葬歩です」


「ほう、黒葬か。お父さんはご健在かい?」


「父さん? いえ……父は十年前に死にました」


「……そうか。悪いことを聞いたね、忘れてくれ」


 すると彼はどこかへ歩いて行った。


「コーヒーは飲めるかい?」


「はい、ありがとうございます」


 小暮さんはテーブルに湯気の立つカップを置く。


「小暮さん、配膳くらいなら私がやりますよ」


「ははは、君はいつもドジをしてカップを割るからね。黒葬君、まあ座り給え」


 僕は言われた通り、カップの置かれた席に座る。


「さて、本題に入ろうか」


 彼はすがすがしい笑みを浮かべた。


 僕にはそれが違和感に感じられた。何か自分の感情を押し殺しているような。


 もしかすると僕と小暮さんは似ているのかもしれない。

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