第十四話 誰かの心の片隅に

 今考えると不思議だ。


 他人の死にあまり興味の無かった自分が、今や自分の命を懸けて他の人を助けているのだから。


 これがきっと白洲さんの言っていた自己矛盾なのだろう。


 僕だって好きで命を懸けているんじゃない。


 誰だって後悔することだってある。


 今のはこうすればよかったとか、ああすれば何とかなったかもしれない、とか。


 僕にはそれが命だっただけだ。


 今のは僕が何とかすれば助けられたんじゃないか? とか。


 覚えている限り、僕は何の取柄も才能も無い、ただの薄い影だった。


 他人からは必要とされず、ただそこにいるだけの存在。


 でもそれでよかった。


 だって誰もそれで困らなかったし、僕も不満を持っていたわけじゃない。


 でもやっぱり運命は突然やって来る。


 憧れてしまった、あの炎の煌めきに。


 きれいだと感じてしまった、あの真っ直ぐな瞳に。


 だから僕は錬金術師になって、影は影らしく、僕を僕らしくしようと思えた。


 そうだ、僕は誰かのために人を助けたいんじゃない。


 ほとんどの人の「他人の為」、はエゴできれいごとだ。


 だから僕は自分のために人を助ける。


 僕が後悔しないように、僕が僕であるために、僕だけのために人を助けるのだ。


「僕は、僕が助けたいと思った人を助けます」


「……」


「自己中心的ですよね、でも僕はそう決めました。自分のために戦う」


 僕はてっきり、白洲さんにキツく叱られると思っていた。


 当たり前だ、人を助ける仕事で自分のことしか考えていない奴がいるのだ。


 そんな奴、僕なら絶対にクビにする。


 だが白洲さんは、緩やかに頬を緩めた。


「あなたにも目指すべきものがあって良かった。錬金術師は万人を助けるヒーローでも何でもない。だから当然全てを救うのは不可能だ。でもあらかじめ自分の中で優先順位をつけておけば、スムーズに人を助けることができる。切り捨てるべきところを切り捨てることができる人間、私は嫌いじゃないですよ」


 白洲さんはお茶を一気に飲み干した。


 そして立ち上がり、身支度を始めた。


 去り際、彼は僕に言った。


「自己中心的に人を救う、良いと思いますよ」


 そうして白洲さんと別れた。


 彼はテーブルの上に、会員の印であるカードを置いて行った。


 僕はそれを取り、ポケットの中にしまう。


 お茶は一気に飲み干した。


 最後に凌士君を一目見ようと、病室に立ち寄った。


 凌士君はずっと眠り続けていたが、よく見ると白洲さんが持ってきた花の他に、もう一輪の花が置いてあった。


 僕はその花の隣に、近所の花屋で買ったピンクのゼラニウムをそっと置いて行った。



 僕は数日振りに紅城さんの家へ向かった。


 試験の日、とてつもない疲れで家に直行したからだ。


 だがどれだけ疲れていても、その日錬金術を酷使したため寝ることは叶わなかった。


 寝れないというのは素直にキツかった。


 玄関のインターホンを押す。


 するとガチャッという音と共に、紅城さんがひょっこりと出てきた。


「よう。ほら入った入った」


「お邪魔します」


 中に入り、僕はカードを取り出した。


「合格しました」


「そらそーだ。私の弟子、及びゲーム仲間に敗北と不合格の単語は無いからな」


 そうは言いつつも、彼女は鼻歌を歌いながらジュースを注いでいた。


「それで分からないことがあるんですけど……」


「ん? 先輩に何でも聞きなさい」


「僕のランクなんですけど」


「あれ、説明してなかったっけ。クラスは特例除いてAからEまであって……」


「それはそうなんですけどこれって……」


 紅城さんは僕のカードを手に取ると、


「ああ、そっちかー」


 そう、僕はEからA級のどれでもなかった。


 例外とされ、最強のランクともいわれるS級。


 でもなかった。


EXエクストラかー。久々に見たよ」


「何なんですか? そのEXって」


「簡単に言えばカテゴリーエラー。回復系の錬金術師とかは希少で数が少ないから、ランクは上の方にされることが多い。んで、戦闘とかサポート面で言えば単純に強さや立ち回りの速さでランクが決められる。でも君みたいに錬金術自体が良く分からん時はこうなる。要するにバグ」


「それで扱い的に僕ってどの位置にあるんですか?」


 すると紅城さんは首をひねらせた。


「んー、人にもよるけど大体E級と同じ」


「一番下ですか……」


「そう落ち込むなよ。EXは他の階級よりも昇格しやすい特権があるから、頑張ればすぐに上に行ける。まあ結局扱いとか報酬の値段が変わるだけで、ずっとEXには変わりないけど。それにさ」


 紅城さんは僕の肩をぽんと叩いた。


 その後、親指を突き出して笑った。


「私と初めて会った時は錬金術どころか体の動かし方すらまともにできなかった奴が、たった三カ月間特訓しただけでもう公式の錬金術師だ。誇っていいレベルの話なんだぜ」


「そうなんですか?」


「ああもちろん。これで一歩、自分探し前進だな」


 そうか、これで僕も誰かのために役に立てるのか。


 ようやく僕も何か、自分である物を見つけられたのかもしれない。


「よし! 今日はめでたい日だから黒葬君がしたいゲーム選んでいい」


「とは言ってもマリカとスマブラしかないじゃないですか」


「ふふん、私を舐めるなよ。実は昨日新作のカービィ買ってきたんだ。一緒にやろうと思ってたのに昨日来なかったからさ」


 紅城さんは自慢げにゲームソフトを取り出す。


「昨日は疲れがあったので……。でもそれじゃあ結局一択じゃないですか」


「あはは、まあ細かいことは気にしない気にしない」


 彼女は楽し気に笑いながら、カセットをゲーム機にセットした。


 僕は新しいゲームより、僕と一緒にしたいから待っていてくれたことが嬉しかった。


 たった数カ月前の出会いが無ければ、僕は今頃何をしていただろうか。


 特に何もない、空っぽな生活を送っている気がする。


 そんな僕が少しでも人の心の片隅に居られる。


 それがとても嬉しい。


「ほら、始まるぞー」


「はい、今行きます!」


 僕は口角を上げ、笑顔で彼女の元へ向かった。

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