第十三話 事後

 いかれてる。


「俺が殺せばそいつらはみんな俺になるんだよ」


 狂ってる。


「だから殺しに来たんだ」


 何故?


「人も他の動物を殺して食うだろ? それと同じさ」


 ああ、そうか、こいつは人じゃない。


 ただの人を殺す化け物だ。


「っあああああ!」


 僕は木刀を妖の頭上めがけて振り下ろした。


 だが妖は何一つ表情を変えることなく、必要最低限の動きで避ける。


「あ、そうだ。お前たちに自己紹介がまだだった。俺は黄道十二星、天秤のズベン・エスカマリ。ああ、お前たちは名乗らなくていい。どうせまた会うし」


 仁一君の怪我を止めたとはいえ、下手に動けば殺されてしまうだろう。


 怪我を止めることはできても回復させることはできないのだ。


 白洲さんも動けない、だから僕が戦わないといけない。


「お前さあ」


 僕は横なぎに木刀を振る。


 だがそれすらも簡単に避けられる。


「なんで戦ってんの?」


「お前たちが人を殺すからだ」


「そうか。でもお前そんなに正義感あるタイプに見えないけどなあ」


 ぴたっと体が動かなくなる。


 動かそうとしているのに動けない。


「まさか理由もねえのに世間体気にしてやってるとか言わねえよなあ!?」


 駄目だ、言葉が出てこない。


「お前の錬金術から見てもわかる。分からないんだろ、だれも自分を知らないから自分も自分が何者か分からない」


 図星だった。


 だから言葉が出てこない。


 自分の目の前で死んでほしくないと思う僕は偽善者だろうか。


「ま、俺には関係ないか。次会った時にもっと楽しめるように強くなっとけよ。神様に呼ばれてるし俺は帰るからさ」


 そうして彼は音も無く闇に溶けていった。



 後日、僕は凌士君のお見舞いへ行った。


 病院は僕の家の隣町にある、大きな国立病院だ。


 病室に入ると、ベッドの上で彼は寝ていた。


 まだ意識が戻っていないのだという。


 そしてその前には、先に来ていた白洲さんがパイプ椅子に座っていた。


 白洲さんの体のいたるところに包帯やガーゼなどが巻かれていた。


「来ましたか」


「はい……」


 僕は凌士君に近づく。


 やはり左肩から先が無くなっていた。


 あの白髪の妖のように、人間は切られても再生しない。


 分かっているはずなのに、実際に目にすると悔しさとやるせなさで胸が締め付けられるようだった。


 僕がもっと強かったら。


 僕にもっと才能があったら。


 もし、もし、もし。


 すべてもしもの世界。


 そんなことを考えるだけ無駄だと分かっていても、考えられずにはいられない。


 すると白洲さんが立ち上がると、僕に何かを差し出した。


「ひとまず生きて帰ることには成功したわけですし、これは渡そうと思います」


 白洲さんの手の上には、紅城さんが持っていた例のカードだった。


「これさえあれば、あなたは妖を倒すごとに報酬を受け取ることができるようになります。口座が無いのであれば作っておいてください」


 だが僕には受け取る勇気が無かった。


 今回生き延びることができたのだって、仁一君があの妖を足止めしてくれていたからだ。


 凌士君だって、妖に囲まれたときに助けてくれた。


 何より白洲さんがいなければ、僕たち全員あの妖に殺されていただろう。


 それにあの妖にも見逃された。


 それらすべてが奇跡的にかみ合わさって生きることができた。


 だから全部僕の実力じゃない。


「僕にはそれは受け取れません」


「……ふう、さてと、事務的なことは終わりにしましょうか。黒葬君、少し話をしましょう」


 僕は白洲さんに連れられ、病室を出て休憩所のようなところへ赴いた。


 テーブル席に対面の形で座り、白洲さんが二人分の暖かいお茶を運んできた。


 近くに無料のドリンクバーのがあったので、そこから持ってきてくれたのだろう。


 彼は僕の方にお茶を置き、もう一つを自分の方に置いた。


「ここからは私個人として話したいと思います。なので別に愚痴でもいいですよ、とにかく変に気を使う必要はないという事です」


「……」


 話ってなんだろう。


 多分あれだろうな、僕の錬金術に関してだろうな。


 でもあれに関しては僕も分からない。


 昔の記憶が無いのに、生い立ちなんて分かるはずがない。


 母親に聞けば分かるかもしれないが、今はその母親も海外だ。


「まず、なぜあなたは錬金術師になったのですか?」


「……え?」


「私があなたに一番聞きたいのはそこです。確かにあなたの錬金術にも興味はある、でもそこはあまり重要ではありません」


「僕が……なんで錬金術師になったか……」


 僕は僕としての大きな壁にぶつかることになった。

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