第十話 黄道十二星

「ははっ、面白いなあ。ここまで戦えるなんて」


「何余裕こいてんだ。言っとくけどなあ、葬式はしてやんねえぞ」


「確かに俺の遺体は残るね」


 妖と言うのは、死ねば灰のようになって消えていくのが普通だ。


 だが錬金術などを使う、高位の妖が死んだときは、その体がそのまま残るのだ。


 仁一は薙刀を構え、妖の元へ走った。


「ふっ!」


 仁一は妖に向けて薙刀を何度も振るうものの、当の妖はのらりくらりとかわし、かする気配すらない。


「あ! そういえば自己紹介がまだだったかなあ?」


「興味ねえ!」


「まあそういきりたたずに聞けよ」


 妖は仁一の薙刀を受け止めると、仁一を蹴り飛ばした。


「があっ!?」


 仁一は壁に激突し、皮膚が割れ血が流れ出た。


 妖は薙刀を投げ捨てると、不気味な笑みを浮かべた。


「俺は黄道十二星おうどうじゅうにせい、天秤のズベン・エスカマリ。さあ、こんどはお前の番だぞ」


 黄道十二星? チッ、サイアクの敵対組織じゃねえか!


 仁一はぎりっと歯ぎしりをする。


「るせえ、妖なんぞに名乗る名は無いね」


 仁一は錬金術を使い、手元に黒い門を作り出し、そこから再び薙刀を取り出した。


「おい、お前は礼儀を知らないのか!? 名乗られたら名乗り返すのが礼儀で世間一般的なんじゃないの?」


「お前は妖だ、人じゃない」


「不愉快だなあああああ。いいよ、そのつもりなら無理にでも聞き出してやるよ」


 エスカマリは一瞬にして間合いを詰めると、右手を伸ばし仁一に触れようと試みる。


 だが、その動きを仁一は見切っていた。


 薙刀で切り落とし、さらに回し蹴りでエスカマリを蹴飛ばした。


 バランスを崩したエスカマリに対し、仁一は何度も何度も斬りつけた。


 反撃されても、そのつど錬金術を使い、手元へ錬成した。


「これでシメーだ!」


 仁一はエスカマリの心臓めがけ、胴体を貫いた。


 確実な手ごたえ。


 妖と言えど、核はある。


 それを破壊してしまえば生きることはできない。


 一つの命を消したような、あの嫌な思い手ごたえが染み付く。


 だが、


「いいなあ、やっぱりいいよ。お前強いなあ、さらに名前を聞きたくなった」


「は!?」


 確かに核となる心臓を破壊したはずだ。


 だがエスカマリは血を口から溢れさせながら、何事も無いように笑った。


 そしてエスカマリは仁一の首元に右手を持っていき、触れる寸前で止めた。


 そう、彼の右手は先ほど切り裂いたはずだが、その痕跡も無くなっていた。


「チェックメイト。さあ、死ぬ前に自己紹介をどうぞ」


「……」


 詰みか。


 仁一は悟った。


 仁一は性格上、あまり人に頼ると言う事をしない。


 だが、今回は非常事態。


 以前の自分が、今の自己犠牲の自分を見ればどう思うだろうか。


 馬鹿だと罵るだろうか、それとも……


「八頭仁一、満足したならさっさと殺せ」


 仁一は覚悟を決めていた。


 だが一方エスカマリの方はと言うと、仁一の名前を聞いてから、へらへらとした態度が急に静かになった。


 何かを考えているようにも見える。


「八頭、八頭……? ジンイチ……? ああ、なるほど。お前の錬金術は継承錬金術か。それで八頭」


 するとエスカマリは愉快そうに笑い始めた。


「く、はははっ! 皮肉だなあ、これも運命か。と言うより何でお前はを使わないんだ? 俺が人の見た目をしてるから殺せなかったのか?」


「んな訳ねえだろ」


「だよなあ! んじゃあお前の力不足ってことだ」


 エスカマリは数歩後ろに下がり、薙刀を引き抜く。


 そしていつの間にか左腕も再生していた。


「俺はお前の将来が楽しみだよ。だから気が変わったよ、お前は見逃してやる」


「仁一君!」


 仁一は声の方へ視線を送る。


 そこには黒葬と、監督役の男が走ってきていた。


「うるさいのが来た。という訳で続きはまた今度、もっと強くなって俺を愉しませてくれ」


 彼はそう言うと、仁一に背を向けて歩き出した。


「逃がすか!」


「逃げる? 違う、君を逃がしてあげてるんだよ。勘違いもほどほどにしないと死ぬよ」


 仁一の身体は、すでに錬金術の負荷とエスカマリに受けたダメージとで限界だった。


 足に力が入らなくなり、地面に崩れ落ちた。

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