第八話 シ
「やっほー」
「な、どこから!?」
僕たちの目の前に現れたのは、真っ白な髪の男だった。
年は若く見えるのに、その目だけは僕たちとは別の世界を見ているように見える。
「はは、面白いな。ネズミをかる蛇の気持ちってこんななのかなあ?」
彼は笑った。
心底愉快そうに、楽し気に。
その表情はそう、子供が虫を殺す時のような表情だ。
「クソッ、最悪だ。よりにもよって人型の妖かよ」
仁一君は右手を突き出し、錬金術を使用した。
彼の右手は突如現れた真っ黒な穴の中に入り、出てくるとその手には薙刀が握られていた。
「へえー、珍しいね。ものを出し入れする錬金術なんて」
彼はまたしても愉快そうに笑う。
「じゃあ殺すね。別に意味はないし、俺がそうしたいと思っただけさ」
彼が動き出した瞬間、
「凌士君!」
「分かってらあ!」
凌士君は地面に手をつき、錬金術を使った。
妖の足場がガラスに変化し、派手な音と共に落ちた。はずだった。
「やっぱし一番面倒そうなのはお前だなあ」
いつの間にか妖は凌士君の前に立っており、ぽんと凌士君の左腕に触れた。
次の瞬間、凌士君の左腕は大きく膨らんだ後、血しぶきを上げて破裂した。
その血しぶきが僕を赤く濡らした。
「ぐ、がああああああああああああああ!」
凌士君は声がかすれるほど叫んだあと、力なく倒れ込んだ。
そして地面を赤く染めていく。
「さあて一人目。次はどっちを殺そうかな♪」
「あ、ああ」
僕は声にならない音を漏らす。
怖い。
それはかつて感じた恐怖と同じものだ。
だがそれは妖に対してではない。
僕の目の前で人が死んでしまうという現実に対してだ。
「なんだ、恐怖で戦う気も無くしたの……」
すると妖は右に大きく跳躍し、後ろから振り下ろされた薙刀を回避した。
「チッ!」
「そんな殺気駄々洩れじゃあ避けてくださいって言ってるようなもんさ」
仁一君は僕の前に立つと、
「おい、お前ひとりでもさっさと逃げろ。時間ぐらいは稼いでやるよ……おい、黒葬?」
駄目だ。
このままじゃ駄目だ。
紅城さんとの時間が無駄になってしまう。
僕の覚悟が無駄になってしまう。
見捨てられない。
見捨てちゃダメだ。
確かに他人が死のうとどうでもいい。
でももう僕の目の前で誰も死なないでくれ!
「死んじゃ駄目だ、凌士君」
僕はうつ伏せに横たわった彼の背中に手を当てる。
そして僕は錬金術を使った。
みるみるうちに凌士君の左腕の傷はふさがっていき、出血は止まった。
既に意識が無かったが、荒んでいた呼吸も、落ち着きを取り戻していった。
「お前、回復系の錬金術だったのか。なら好都合だ、さっさとそいつを連れて外に出ろ!」
「それじゃ仁一君が!」
「うるせえ、でかい声出すな。こんぐらいの妖俺一人でどうってことねえんだよ。足手まといだから行けって言ってんだ」
ごめん、仁一君。
でも僕は絶対に君を見殺しにしたりはしない。
「すぐに
僕は凌士君を担ぎ、入口へ向かって走った。
「逃がすと思ってんのかよ!? ずいぶん幸せな思考回路だなあ」
「お前もうるせえ」
動き出そうとした妖の左腕を、薙刀を振り上げ斬り飛ばした。
「良かったな、お揃いだぞ」
八頭仁一は、この日初めて笑った。
精一杯の皮肉を縫い付けて。
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