第7話

 日本語を習得する際、『バカと天才は紙一重』と言う言葉を知った。

 僕にとって天才とは、天に与えられた才能を持つ者のことを指す。

 僕が憧れ、兄のように慕ったあの人は……まさしく『天才』だったのだろう。

 だから、彼のような『天才』と『バカ』と呼ばれる無能で役に立たず家畜にも劣る存在が薄紙一枚の差しかないなどとは……とても信じられなかった。

 だが――、


「う、うおおおおおぉっ! ゆ、ユリンッ!」


 ――偉い植物学者であるはずの異世界人……たった今、食獣植物に捕食されそうになっている向坂いちご博士を見た瞬間に理解した。


 『バカと天才は紙一重』


 あれは、こういう人種のためにあるのだと。


「リウィザートッ!」


 杖を振りかざし呪文を唱えると、向坂博士を捉えていた食獣植物のツタが切断された。


「お、おおっ?」


 当然、向坂博士は地面へと落ちていく。

 しかし、あの高さからならば死にはしないだろう。

 ひとまず助けることができた。

 あとは、食獣植物から離れればいい。

 そう思っていたのだけれど……。


「うむ……」


 腰から地面に落ちた博士はよろよろと立ち上がるなり、再び食獣植物に近付いていった。


「なっ!」


 いついかなる時も冷静であれ。

 戦場で魔法を扱う者なら誰もが心に掲げることだ。

 だが――、


「何をやってるんですかっ! あんたっ!」


 ――博士と行動を共にするようになってからはや三日……。

 ここ数年は使っていなかった表情筋を――主に怒ることで使いまくっていた。



「死にたいんですか、あなたはっ!」


 食獣植物の主なツタを切断し、生きたまま無力化した所で博士に説教を喰らわせる。

 だが――、


「何故だろう? 人によくそう訊かれることが多いのだがな……私には、死ぬ気などこれっぽっちもない!」


 ――彼女はふんぞり返って見せるだけで、怒られているとすら思っていなかった。


「だったら、なんで自分から食獣植物に突っ込んでいくんですか」

「むむ? それは、近付かなければ調査にならんではないか……」

「…………はあぁ」


 抑えようもなく、巨大な溜息が漏れ出た。

 向坂いちご……事前に諜報部隊が調べた情報によると、向こうの世界では様々な実績を積んだ人物らしい。

 ただ、その積み上げた実績に反比例するように所属する研究所は小さな民間企業だった。

 それこそ国王直属の近衛騎士隊の副隊長が辺境伯の門番をさせられるような扱いだ。

 諜報部は『能力があるのにこれだけの冷遇をされているなら現状に不満を抱いている筈である。勧誘は容易と思われる。よって、彼女も最優先勧誘対象の一人とする』とのたまっていたが……やつらは考えるべきだったのだ。

 能力がある人間が、なぜ端っこに追いやられているのかと言うことを……。


「ユリン! これを見てみろ!」


 動かなくなった食獣植物を見て、向坂博士がボクを手招く。


「……あんた、従弟を出汁にしてこっちへフィールドワークに来たかっただけじゃないだろうな」


 ここ数日抱いていた疑問をぶつけると……、


「何を言う! 今もこうして桐青を探しているではないか!」


 ……そう言って、食獣植物の捕獣袋を覗き込んでいた。

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アナザーガーデンの盗掘団 奈名瀬 @nanase-tomoya

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