第5話 駿

 私は男子高で数学の教師をしている。父親は生まれてすぐに死んだと母から聞かされたが、一度も写真で父の顔は見たことがない。小さい頃から母に父のことを聞かないほうがいいと空気を読む子供だった。

 母は英会話レッスンとパートの掛け持ちをして決して裕福な家庭ではなかったが、勉強が得意であった私を中高一貫の進学校と国立の帝都大学まで行かせてくれた。私は大学院に行き数学を極めたかったが、母の負担を一日でも早く軽減しようと教職の免許をとり今に至る。

 妻のさくらとは、高校時代に幼稚園からずっと一緒の親友の貴洋に誘われたリモート飲み会で知り合った。リモートでの初対面で、とても美人で高値の花と思っていたが、さくらから連絡をもらい交際に至った。さくらは大学の頃は読者モデルをして活動をしていたほど一目で華があった。後から聞くと私の顔がタイプで、高校生に見えないくらい落ち着いた雰囲気が気に入ったらしい。


「駿とさくらちゃんは結婚式のパンフレットみたい。」

 貴洋に結婚式当日言われた。手作り感のあるレストランウェディングで一生の記念となる時間を過ごすことができ、母もとても喜んでくれていた。普段は缶ビール一杯しか飲まない私だが、この日ばかりは貴洋をはじめ友人にかなり飲ませられた。翌日の日曜日に珍しく二日酔いの中、ペルーの世界遺産のマチュピチュに向けて出発した。新婚旅行の行き先は私が初めからマチュピチュに決めていたのだ。妻はハワイに行きたいと言っていたが、来年必ず行くからと納得してもらった。マチュピチュに選んだ理由は、母が若い頃に親の仕事の関係で南米に住んでおりマチュピチュにはまり、私が幼い頃寝る前にいつもマチュピチュの話をしてくれたのだ。2000メートル以上の山の頂上に位置した幻の空中王国、その神秘性を熱く語り、タイムマシーンでその頃に一緒に行きたいね、とか話してくれていた。私はようやくその神秘を目の当たりにして感動した。地球の裏側まで付き合ってくれた妻には本当に感謝している。お金を貯めて来年はハワイに行かないと。


 移動時間30時間ほどで月曜に帰国した。空港に着き、携帯の電源を入れると母の携帯から何件も着信履歴があった。何事かと折り返すと、貴洋の声で、母がアプリで貴洋君と声を入れ替えたとか言っていた。母に変わってと言ってもあまりにもしつこく貴洋がずっと話をしているので、私もさくらも時差ボケで疲れていたこともあり、金曜の夜、母に家に遊びに来てと貴洋に伝言をお願いして電話を切った。

 

 しかし金曜の夜、約束の時間に母は来なかった。母に電話しても出なかった。メールも返信がなかった。電話の声が貴洋だったので、貴洋に電話したが貴洋も出なかった。少し気になったのでドライブも兼ねてさくらと新婚旅行のお土産も用意して母に会いに実家に行くことにした。車で一時間の実家につき鍵を開けると電気がついていた。

「ただいま、声まだ貴洋のまま?」

 笑ってそういってリビングに入った途端、母が倒れていたのだ。救急車を呼んだが、そのまま帰らぬ人となってしまった。

 そして葬式を迎えた。母の生前お世話になった方々に参列していただいた。英会話の生徒のみんなも口々に元気だった英恵さんが信じられないと言っていた。

 その中には貴洋の父の二階山俊貴さんもいた。貴洋は葬式にも現れなかった。電話も折り返しがその後なく、父親に聞いたら出張と言っていた。仕事がよっぽど忙しいのだな。母からの最期の電話が貴洋からだったので、母の様子を聞きたかったのに。


 母の死を受け入れられずにいたが、葬式の翌日からは夏休み明けの学校の準備で、新婚旅行に行っていたこともあり新学期の準備に明け暮れていた。

 そしてしばらくして、貴洋から電話がかかってきた。

「駿、この度は英恵さん、本当に驚いたよ。葬式も出張で行けずにごめんな。」

 明らかに貴洋の声ではなかった、ただ、母の声とも違っていた。いつもの高い声でなく別人の低い声だった。声の理由を聞くと、仕事の接待で毎晩のカラオケでのどを潰して、ここ一週間この感じだと言っていた。

 貴洋に、母が亡くなる週の月曜日、帰国の日に私に電話したか尋ねた。

 すると貴洋は少し間があってから、

「そんな電話したかな。ああ、急遽月曜だったかな、英会話のレッスンをお願いして駿はマチュピチュに行って羨ましいから、ちょうど今日帰国だからドッキリしようと二人で話したんだ。駿に電話したのは俺だよ。あの時は英恵さん、いつも通りとてもノリがよくて元気だったのにな、信じられない。」

 私もその時は貴洋の言葉を信じて電話を切った。


 新学期が始まり、休み時間に生徒同士の妙な話を聞いた。

「コンフリでD判定をA判定の頭脳になりたいと寿命1年の条件だしたけど、不成立だったわ。浪人するなら一年減っても全然惜しくないから。そもそも勉強出来ないはコンプレックスと違うのかな、それとも2年なら成立したんかな。」

「一回、不成立なら、もうその取引できないみたいやね。俺は寿命奮発して5年でA判定目指そうかな、一発逆転で大学合格なら安いものかもやね」

 駿はコンフリという言葉を初めて聞いて生徒に尋ねた。

「コンフリってなに?偏差値があがるアプリ?」

 すると生徒は笑って

「駿先生知らないの?まあ、駿先生には必要ないから。かっこいいし帝都大学も出て頭もいいからね。きれいな奥さんと結婚したばっかりだし、コンプレックスなんてないだろうから」

 そこで初めてコンフリの存在を知った。世の中に出て一か月ほど経ち、テレビ・SNSで話題になっているらしい。私は元々空いている時間は数学の研究をしており、ここしばらくは結婚式の準備、新婚旅行で忙しく外からの情報を遮断していた。そのためコンフリの存在を全く知らなかったのだ。

 生徒にはそんな楽な交換があるわけないし、コツコツ基礎から勉強しろと笑って激励したが、コンプレックスの交換というフレーズが気になった。

 帰宅途中の電車でコンフリを検索して会員登録をしようとした。しかし、登録にラジオ体操が必要で断念した。ただ、生徒からコンフリで成功体験をSNSで発信している人間が多数いると聞いたのを思い出し、SNSでコンフリを検索した。すると何人もコンフリの転売ヤーとしての成功体験を語っていた。

 読んでみると仕組みはこうだ。午前0時の取引終了間近に、どうしてもコンプレックスを手放したい出品者が寿命を投げ売りして提示して、そこを狙い落札してコンプレックスを引き継ぐ代わりに寿命を手にする。その後、その寿命を使って引き継いだコンプレックスを少なめの寿命で転売するというのだ。それで寿命は増やす、容姿も端麗になる、という二度美味しい人生を手に入れたと書いてあったのだ。コンフリのビフォーアフターを載せている人間もいた。もちろん、私はコンフリを一切信じておらず、SNSは美容整形の結果か、そもそもフォロワー数を増やすための捏造かと思っていた。ただ母がアプリで貴洋と声を入れ替えたということが引っかかっており、もしかして母の死と関係あるかもと少しだけ気になっていた。

 

 家に帰り、さくらが用意してくれていた夕食を食べるとすぐに受験の面談の用意があると言って部屋に籠った。さくらにはコンフリに関して調べるとは言いづらかったからだ。

 さくらは、大学生の頃に読者モデルをしていたが、その時にSNSで整形しているとひどく誹謗中傷されて心を壊してしまい、それ以来モデルもやめてネットも極力見ないようになった。今でこそ元気になったが、自分は外見だけが取りえで中身がない人間だ、と気分が滅入ることも時々ある。そんなさくらに変な心配をさせないようにコンフリの話は隠しておくことにした。

 早速部屋に入り、アプリをダウンロードした。ラジオ体操もして会員登録をした。すると様々なコンプレックスが出品されていたのだ。

 

 ふと駿は自分のコンプレックスは、と考えた。幼い頃からお金には苦労して、我慢も沢山してきたが、このアプリを見ても出品したいコンプレックスは浮かばなかった。強いていえば、鉄棒の逆上がりが出来ないことかな。自分に自信があるわけではなく、他人からの目にまったく興味が無い人間だったのだ。自分がどう思われているか、そんなくだらないことを考える時間があるなら、答えが一つしかない数学と向き合っている方が楽しい、そんな人間である。また、他人にもそれほど興味が無かったため、深く人の心を知ろうという気持ちもなかったのだ。母に父のことを聞かなかったのも多分そういう理由だろう。

 そういえば、高校の頃、貴洋に「お前は悩みがなくて羨ましい」と言われたことがあった。私からしたら父親が社長になり、何不自由ない暮らしをしている貴洋が何を言っているのかと思っていたが。


 コンフリの「主な取引完了履歴」の画面を見てみた。

 コンプレックス「一重を二重に」条件「寿命2年」など、駿からしたらありえない取引の数々が並んでいた。そしてコンプレックス「低い声をかわいらしい声」条件「寿命20年」を発見した。そして取引日時が駿に電話をかけてきた前日であったのだ。出店者と落札者は匿名で母と貴洋とは特定出来なかったが、すぐに貴洋に電話をかけた。

 電話はつながり貴洋に問いただした。母とコンフリをしたのかと。しかし、貴洋は全く知らないと白を切った。私は一か八か、母の携帯からコンフリの履歴を見たと告げると貴洋は観念してあっさりと認めた。遊びのつもりでしたこと、まさか母が亡くなると思わなかったこと、自分のせいでなく普通に英恵さんの寿命であったと思い込んでいると。またコンフリで母から得た20年を使い切っており、更に自分の幼少期からの習い事のピアノで身に着けた絶対音感、英語なども交換して寿命を10年稼ぎ、計30年分の寿命をコンプレックス交換した。そしてそれだけ飽き足らず、寿命をさらに40年使い切っていることも告白した。計算上は70年分寿命と引き換えにコンプレックスを改善していたのだ。貴洋の今の声も、駿の母親の声から別の声にコンフリで変えていたのだ。

 SNS上では転売ヤーを装い、巧みな取引をしていると見せて、内面はコンフリ中毒になりボロボロであったのだ。 

 駿は、母をそそのかした貴洋に怒りを感じた。ただ同時に、そもそもコンフリが本物なのか、万が一本物であるならそんなくだらないアプリを世の中から消滅させたいという気持ちが強まり、翌日直接会う約束をして電話を切った。

 翌日貴洋の自宅に行き、貴洋の変貌に驚いた。元々の貴洋は見る影もなく、どことなく駿に似ていたのだ。実は、貴洋は駿みたいな男になりたくて、コンフリを繰り返していたのだ。貴洋の家には父親の俊貴さんもいた。父親は息子の変化に気づき、コンフリを独自で調べていた。

 駿は母の携帯を俊貴社長に渡し、解析を依頼したが、コンフリのデータが完全に削除され、俊貴社長ですら復元不可能となっていた。駿は貴洋と俊貴社長からコンフリで知っているすべての情報を聞いた。

 コンフリの「主な取引完了履歴」は、普通の取引は記載されず、投げ売りで成立した過激な取引のみ記載されているらしい。比較サイト慣れしている人間は実績から比較するため、投げ売りよりはましと思い取引をする。自分の寿命さえ、人の過去の取引を参考にしている愚かな生き物なのだ。

 また、マイナンバーに紐づいているため指名手配犯の整形など犯罪に加担は一切していない良心のあるアプリとのことである。

 そして、一番驚いたのは、日本で一番有名なセキュリティソフト会社の社長ですら全くこのコンフリの仕組みが分からず、中毒になっている息子の貴洋を救うことが出来ないとのことだった。俊貴によるとヒデというのは実在するか人工知能かさえ分からず、実際寿命の増減が取引されているかも分からないとのことだった。ただ分かっていることは、コンプレックスの交換が行われていることは事実で、貴洋の変貌がそれを物語っていたのだ。

 俊貴は、このようなアプリを作れる人間に一人だけ心当たりがあると言った。昔の会社の部下で英寿という人間で、今は行方不明だそうだ。

 駿は話を聞き、コンフリの仕組みが本物であるのか、母の20年の命はコンフリにより奪われたのかを解明したいと思った。難問から一つの答えを導きたい、そういう衝動に駆られたのだ。貴洋やヒデへの憎しみよりも、コンフリが本物なのかという好奇心が勝っていた、駿とはそういう人間なのだ。

 昔から何事にも誰にも固執しない。無意識のうちに無駄・面倒を省き、客観的に冷めた目で自分を見ていたのだ。だから昔から誰とでも仲良く出来た、敵も作らない、結果的に自分の周りにたくさんの人が寄ってきてくれただけなのであった。


 駿はまずコンフリを知るために、自分も出品することにした。生まれつき端正な顔立ちの駿には特に外見でコンプレックスがなかった。そこで遡ること小学校の思い出から

 コンプレックス「逆上がりが出来ないので出来るようになりたい」 条件「寿命1日」

 で出品した。するとすぐに落札された。大人になり、鉄棒することもなくなった人間が落札したのだろうか。

 さくらには散歩に行くと言って、午前0時前に散歩に出かけて午前0時ジャストに近くの公園の鉄棒で逆上がりを試みた。すると、体が一回転。小学校の頃に先生に背中を押して回してもらった以来の逆上がりが、出来るようになっていたのだ。

 たかが逆上がりであったが、興奮した。ただ寿命が一日減ったか調べようがなかった。

 落札者が逆上がり出来ることを、会員登録のラジオ体操で認識しているとしたら恐るべきアプリだな。この逆上がりは「主な取引完了履歴」に当然記載されていなかった。


 一晩明けた日曜日、駿は母の家で遺品を整理していると日記が見つかった。

 日記を開けてみると、南米でのコーヒー農園での生活やコーヒーの品種や栽培のメモを詳細にメモしていた。そしてコーヒーショップで働いていた頃、外見がタイプでかっこいいが不愛想でコーヒーのこだわりがすごいお客さんがいて、全く女性に興味が無さそうで自分からアタックしてその客と付き合ったと書かれていた。その日付は私が生まれる一年前であった。そしてその後、日記が破られており、日記が終わっていたが、破られたあとの空白のページに筆圧で残っている文字を見て、体が硬直した。

「英寿さん 出会ってよかったわ ありがとう そして さようなら」

 確信した、英寿は自分の父親であると。駿はすぐに俊貴社長に電話した。部下の英寿のプライベートは全く知らなかったが、コーヒーだけは好きでこだわっていたと。

 母の家には英寿に関するものは何もなかった。駿は英寿に関して調べることにした。俊貴社長から当時の住所を聞き出し、アパートに訪れた。管理人に話を聞くと、ちょうどコンフリが世の中に出る前日に退去しており、その後どこに住んでいるか分からないとのことだった。駿は英寿に会いたかった。息子の自分の存在を知らないはずの、狂ったコンフリを作ったプログラマーに会って話がしたい。

 そうして英寿に関する情報を調べていると、コンフリの出現の前日に山火事があり男性の焼死体発見の記事を見つけた。身元不明の男性で自害をしている痕があったとのことだ。


 駿は父親が作ったコンフリで会話をするしかすべが無くなった。そのため次は取引完了履歴に記載されるような取引をしようと考えた。駿にとってのコンフリは、コンプレックスを手放すためでなく、父親との対話の手段となった。取引履歴に記載される=父親に認められる過激な取引であった。

 翌週のコンフリに向けて、一週間出品するコンプレックスを考えた。教師という職業柄、学校や生徒に明らかな外見の変化はよくない。そこで、二回は最近すこし弛んできたお腹を出品することにした。といっても、別に健康診断でメタボと言われるほどでない。これだと周囲にばれない。「主な取引完了履歴」に記載されるには、寿命にインパクトがないと。

 コンプレックス「たるんだ腹筋をシックスパックに」 条件「寿命5年」

 と入力した。するとすぐに落札された。

 そして午前0時、駿の腹筋はシックスパットとなった。

 努力で手に入れられることに寿命5年、普通の状態の駿にはありえないことであったが、冷静さを欠いていた。ただ、「主な取引完了履歴」に記載されなかったのだ。寿命を10年提示すればよかったのか、ヒデに認められない平凡な取引だったということだった。

 シックスパッドは学校ではばれなかったが、さくらにはばれてしまった。

 さくらは、冷静でバランス感覚のある駿が少しずつ変わっていっていることに勘づいていたが、お風呂上りの腹筋の変化に気づき問い詰めた。駿はコンフリのことを隠していたことを謝ってきた。さくらに心配をかけないために、余計なストレスを与えないためだったと。


 駿はいつもそうだったのだ。さくらが大学時代、心のバランスを崩し駿に依存していた時もずっとそばにいてくれて優しかった、でも本心が分からなかった。その悩みを友人に打ち明けたら贅沢な悩みだねと笑われた。駿は父がいなかったから結婚願望がないかもと思っていたが、思い切って結婚したいと言うと一か月後に結婚式をしてくれた。

 そんな駿が、コンフリの開発者である英恵さんの死にコンフリが関係しているのか、コンフリの仕組みを知るために取引履歴にのる取引をする、開発者の英寿が自分の父親であると、本心を話してくれた。さくらはとても嬉しくなり、今まで支えてもらったお礼を駿にしたいと考えた。

 駿にはいったん今までの冷静な駿に戻ってほしいからと、今週のコンフリはやめてと懇願した。そして、さくらは駿に内緒で、コンフリの寿命の仕組みの解明のために出品をした。


 コンプレックス「外見だけが取りえの自分の外見を目立たないようにしたい」

 条件「寿命60年」


 大学時代、読者モデル活動で誹謗中傷されて、ストーカー被害にもあった。そんな自分を支えてくれた駿のために、今25歳だから残寿命60年あるか心配だけれど、勝負に出よう。残り60年間で駿に優しくされて生きるより、駿に必要とされて死んで駿の記憶の中で生きたい。

 すぐに落札完了メールがきた。ちょっとしたブランド品を落札した感覚だった。

 ただしばらくして、本当はあと少なくても60年生きられたのだ、駿と共に歩めたのだ、そう思うと身体の震えが止まらなくなった。

 震える身体を懸命に隠して、何食わぬ顔をして完了メールを駿に見せた。すると、駿は私に初めて本心で向き合い怒ってくれた。さくらはそれが嬉しくて泣いた。

 そして午前0時、さくらの顔は変わり、二人で一晩中泣いた。駿は後悔していた、一番近くで大事にしないといけない人の寂しさに気づかず、向き合っていなかったことに。このアプリを抹消しないとさくらを失ってしまう。

 もちろん「主な取引完了履歴」にもこの取引は記載されていた。この取引履歴を見た人々がまた、自分のハードルを下げて愚かなコンプレックスの交換をするのだろう。


 さくらに寿命がどれだけ残されているか分からない。

 駿はこの一週間、俊貴社長からの少ない情報を基に、父親である英寿がなぜコンフリを作ったかずっと考えていた。そして一つの答えが出た駿は、一週間後のコンフリに出品した。

 さくらの命を救うため、母の仇を打つため、そして父親の狂気の完成品をこの世から抹消するために。


 コンプレックス「歪んだ世界」 条件「その他・自分の残りの寿命全て」


「歪んだ世界」コンプレックスを寿命と引き換えにする愚かな人間の世界。

 その覚悟があるなら、そのコンプレックスと向き合い受け入れて、差し出す予定の寿命を大事に生きるべきだ。

「歪んだ世界」実の父の発明で母が殺され、息子の私もまもなく死ぬ。


 さくらや貴洋を巻き込んではいけない。この負の連鎖、歪みは必ず私の死で終焉させないといけない。

 しかし、落札完了メールは来なかった。これを落札する人間は英寿以外にいない。私の想いが英寿に届かなかったのか、そう思っていると、英寿からメッセージが来た。


「おめでとう。ここに至ったあなたと私は表裏一体である。

 あなたの命と引き換えにコンプレックス フリマは消滅する。」


 駿はこのメッセージを読んで、一安心して笑みを浮かべて息を静かに引きとった。

「親父、他人に興味がなく一人の殻の中で生きたあなたは、コンプレックスとか他人と比較して生きている人種を軽蔑していたのだろうな。俺にも少し分かる気がするよ、息子だからな。でもそれが人間で、その弱さや醜さを一人でなく、周りの人と分け合って少しでも前向きに生きていくものなのじゃないかな。俺はあなたのコンフリのお蔭で教えてもらったよ、さくらの大事さを。ありがとう、親父。教えてもらったことを伝えに、母さんのいる天国でなく、あなたのいる地獄に今から行くから待っていてくれ。」


                 完

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コンプレックスフリマ 権家 健 @gonketakeru

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