第3話 ヒデ

 まもなく日付が変わる、記念すべき私の50歳の誕生日だ。

 右手に持った短刀を腹の前にかざした。

「人間五十年下天の内をくらぶれば夢幻の如くなり」

 ようやく完成した「コンプレックス フリマ」。これを正常に起動させるには、開発者の私の死をもってして世の中に解き放たれる。この世の中に全く未練ない、そういう私の想いと共に。

 タイムマシーンを作りたい。

 小さい頃の夢である、ベタな夢だと笑うだろう。

 普通そういう人間は、ツタンカーメンの頃のエジプトに行きたいだの、未来は火星で生活しているかなと希望に胸を膨らませているものだ。

 私は全く違う動機だった。物心ついた幼稚園の頃にあの有名なタイムマシーンの映画を見て、これで「世界を歪ませることが出来る」と興奮したのを鮮明に覚えている。

 子供のころから勉強は出来た。ただ、私からしたら学校で習う勉強は所詮、記憶や反復練習を兼ねた訓練であり、年齢の割に冷めた人間、自分を俯瞰で見ることが出来る人間イコール勉強が出来るであったと思う。小学校当時からそう思い勉強をして不毛に感じていたが、とりあえず四大卒業の資格をとるために帝都大学に入学した。

 そこでプログラミングに出会い没頭した。プログラミングで理想の処理結果が出た時の達成感、苦労した後の自分のイメージ通りのプログラムを作ることに生まれて初めて「勉強をした」実感を得た。私は確信した、「世界を歪ませる」ためにはこれだと。その後、ソフトウェア会社に就職した。就職を決めた理由も、希望すれば永久にテレワーク出来るという会社だから選んだだけである。

 プログラマーとして生活費を稼ぎ、どう世界を歪ませるか、それだけを日々考えていた。


「歪む」の意味・・・心や行いが正しくなくなる。

「歪ませる」は心や行いが正しくなくなるようにさせる、かな。

 私は生まれつき、人間の欲深さを少しでも感じると吐き気するほどの嫌悪感とともに、その欲に正直に生きてほしいと応援したくなる二つの相反する感情が生まれるのだ。

 この感覚を理解出来るだろうか、いや理解していただかなくて結構である。


 そんなことを思っている私がまともな人間付き合いが出来るわけがなかった。学生時代、友人はいたはずだが、あまり覚えていない。休み時間も極力一人で読書をしていた記憶がある。大学に入学してから高校の同級生と連絡ゼロ、就職してから大学の同級生とも連絡ゼロ、多分友人はいなかったということだろう。

 そういえば、会社で嫌悪感と応援の感情を抱いた元上司がいた。

 彼は私の直属の上司で、私が開発したソフトをまず確認してもらう相手であった。私は様々なソフトを開発して、会社から何度も表彰もされたがそれらに全く興味がなかった。私にとってそれらは、自分の最高傑作のための練習台でしかなかったからだ。彼は、当然私を評価しており、独立を一緒にしようと何度も誘ってきた。彼も優秀なプログラマーではあったが、一人で独立して成功するほどでは無かった。私は自分の目的のためマイペースに仕事をしたかったため、面倒であったが、彼に私の「世界を歪ませたい」目標を話し、独立の話の断りを入れた。ただその際に頼まれごとをされた。

「君が先日開発したセキュリティソフト、君の最高傑作でないなら私に譲ってほしい。もう二度と君に関わらないから。」

 セキュリティソフトとしては最高傑作の手応えはあったが、その上司に対する嫌悪感と応援の感情により、私は承諾した。そしてしばらくして彼は会社を去って独立した。私はそれからしばらくして総務省に出向となった。ちょうどマイナンバーと預貯金口座情報との紐づけの法案が国会で成立したタイミングであった。今はあの総務省に出向した期間にとても感謝している。そのおかげで真の最高傑作を作ることが出来たのだから。


 誤解のないように言っておくが、私は決して殺人を犯したいわけではない。

 また、街を歩いていても女性から声を掛けられるほど、自分で言うのもなんだが人並みより容姿もスタイルもよかった、ただ興味がないだけで。


 女性で思い出したが、二十年以上前か、「世界を歪ませたい」感情を話したことがある女性が一人だけいる。

 私の唯一の趣味はコーヒーで、毎朝、豆から焙煎して一杯飲み、心を落ち着けて仕事するというのが日課であった。もちろん、ネットでこだわりのコーヒー豆を定期購入していたのだが、あの当時南米でクーデターがありネットで買えなくなってしまったのだ。

 自宅からほど近いコーヒー豆専門店に出かけて、そこでその女性と知り合った。海外生活の長かった彼女は南米のコーヒー豆農園で働いていたこともあり、知識は圧倒的で、私のこだわりの豆はなかったが、彼女は好みを聞き出しブレンドをしてくれた。その後もそのお店に通っているうちに彼女が一風変わった私に好意を持ち、私もコーヒーに対する真摯な姿勢、裏表のない明るい性格に惹かれて人生一度きりのお付き合いをした。

 もちろん、長くは続かなかった。

 結婚を望んだ彼女と、「世界を歪ませる」を目標に生きていた私とは。

 

 私の死後、24時間で「コンプレックス フリマ」が起動する。これは一度起動すると、もう止めることは出来ない、特定の人間には不可欠なものになるだろう。

 天国からか、いや地獄からかな、楽しみに「歪み」を見ていることにしようか。

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