第36話 才能か努力か

 劇の時間まで時間を潰した純たちは劇が行われる体育館へとやってきた。


『3年E組による劇がまもなく始まります。上映中は携帯はマナーモードか、電源をお切りください』


 体育館にアナウンスが響き渡る。


「楽しみですね」

「そうだね」


 この劇は1年ほど前に完結した漫画を題材にしている。純も夢花もこの作品には目を通しており、この漫画の劇をすると聞いたときは絶対に見たいと思っていた。


 この劇の内容は、世界を支配する強大な敵に立ち向かうため、幼馴染の2人が戦いに挑んでいく話から始まる。生まれた時から才能に溢れていた優作と努力家の努。勇作は才能を武器に、努は絶え間ぬ努力により、敵を打ち滅ぼす。だが、敵を倒した後、この世界をどのようにしていくかで二人には違う考えが生まれ、仲違いした。そして一年後、二人はお互いの目的と武器を持ち、戦いが始まった。


 漫画はそこで終わっている。完結という形では終わっているが、作者が亡くなったことで本当の終わりが描かれなかった。人気があっただけにここで終わってしまったことは本当に多くの人から悔やまれていた。


 そのため、二次創作でこの作品の続きを描く者たちがいた。結末は人それぞれ、才能が勝つか、努力が勝つか。仲直りエンドか相打ちエンドか。だから、純たちはこの劇がどのエンドを採用するのか楽しみであった。


 夢花は努力が勝つエンドが好きらしく、純も同じだった。ただ、相打ちエンドもお互いを認め合った感がいいとも思っていた。


「始まりますね」


 隣に座っている夢花は手渡されたパンフレットを手に持ち、今か今かと劇が始まるのを待ちわびている様子だった。


 数分後、劇が始まり純たちは物語の世界に惹き寄せられた。


    *


「面白かったね」

「はい、ただそっちのエンドか~とは思いましたね」


 3年生たちが選択したのは才能が勝つエンドだった。その選択が間違っているわけではないが、努推しの夢花たちからすれば、少し残念な結末だった。


「菱村くんは、努力を積み重ねたところで才能を持っている人には勝てないと思いますか?」


 突然、立ち止まった夢花がそんな言葉を口にする。


「僕はそう思わないかな。というより思いたくないというのが正しいかな。才能がないのに僕は小説家を目指しているわけだしね」


 もし、元から才能を持っている人たちに勝てないのであれば純は最初から小説家を目指そうなんて思わない。努力をすればどんな夢も叶うと思っているからこそ、純はいまだ諦めきれずにいる。


「そうでしたね。じゃあ、才能があるのにもかかわらず、それを捨てて才能のないものを掴もうとするのは間違ってますかね?」


 夢花の様子がどこかおかしいことが分かった。ただ何を悩んでいるかまでは分からない。


「どうかしたの?」

「いえ、何でもありません。忘れてください」


 両手で手を振って先ほどの発言を撤回する夢花。悩んでいるのなら助けてあげたい。けれど、先ほどの質問の答えは純には持ち合わせていない。


 純には誇れる才能というものは持っていない。純にはなんの才能があるかと聞けば多くの人は頭が良いことと答えるだろう。だが、それは純が努力して手に入れたものであるから、一概に才能だけとは言えない。


「今日はありがとうございました。楽しかったです」

「うん、僕も楽しかったよ。ありがとう」

「文化祭が終わったら、小説仕上げますから覚悟はしといてくださいよ」

「……頑張るよ」


 あのダメ出し時間がまた始まると純は少したじろいたが、久しぶりに一緒に作業ができることの楽しみもあった。


「じゃあ、菱村くんまた明日ね」


 夢花は手を振って去っていった。その背中はとても寂しく見えた。純ではその悩みを助けてあげられない。無力な自分に情けなかった。

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