第37話 文化祭2日目with紗弥加

 文化祭2日目が幕を開けた。


 今日は紗弥加と文化祭を回る約束をしている。正午になったら校門に向かいに行く約束をしているため、仕事が終わったらすぐに向かうつもりだ。あと20分ほどで12時になる。


「今日もだいぶ混んでいるな」


 同じく、純と店番をしている龍樹がお客さんの多さに驚いていた。


「焼きそばの割引券を射的の景品にしたのはいいアイデアだったかもね。それに未だに100円引きを当てた人いないみたいだし」


 掠りもした人もほとんどいないらしく、一番惜しかったのが100円引き券を設置した純だった。


「俺もやってみたけど、あれは無理だろ」

「だよね、やりすぎた感はある。あんなのよっぽど射的が得意な人じゃない限り倒すことなんて無理だよ」


 『カラン、カラン』とベルが教室に鳴り響いた。


「噓だろ」


 純と龍樹は驚きながら射的の方を向いた。このベルは射的で100円引き券を当てた時に鳴らすと決めていたものだ。つまり、誰かが倒したということだ。


「やった~~」


 と、大学生ぐらいの女性が右手を突き上げてガッツポーズをしていた。


「え?」


 その人物は純のよく知る人だった。


「何やってるんだよ、姉さん」

「あ、龍樹やっほ~、遊びに来たよ」


 100円引き券を当てたのは紗弥加だった。


「紗弥加さん迎えに行く約束じゃなかったでしたっけ?」

「そのつもりだったんだけどね、早く来すぎたから純と龍樹の働いている姿、写真に収めようと思って」


 紗弥加が差し出した携帯に純や龍樹の働いている姿がばっちり写っていた。


「はずかしいから消せよ」

「いやだね。あとでプリントアウトして飾っとくんだから」


 紗弥加は写真好きでもあり、部屋にいろんな写真を飾っているらしい。


「紗弥加さん、どうぞ焼きそばです」

「ありがとう、純くん。いくらだっけ?」

「100円引きなので100円ですね」


 紗弥加から100円玉を受け取る。


「あと、10分ほどで交代になるので、少し待ってもらっててもいいですか?」

「うん、いいよ。焼きそば食べて待ってるから」


 教室に設置している椅子に紗弥加は腰かけ焼きそばを食べ始めた。


「あの人が、龍樹のお姉ちゃん?」


 調理室で焼きそば作りを終え、教室に戻ってきた遥夏が龍樹に尋ねる。


「そうだよ」

「へ~」


 遥夏は紗弥加を見定めるかのようにじっくり観察していた。ひとしきり観察が済んだのか、今度は純の方を向いて口を開いた。


「ねえ、この後暇? 次私自由時間なんだけど、純もでしょ? 良かったら一緒に……」

「ごめん、遥夏。紗弥加さんを案内する約束なんだ」

「え……」

「もう12時だから交代だね」


 純は12時から担当のクラスメイトと交代し、紗弥加の方へと歩いて行った。その純の後姿を見て遥夏は「そんな……」と呟いていた。


「まあまあ、遥夏は夏祭り一緒に行けたんだから、ここは譲ってあげなよ」


 龍樹が遥夏を宥めるとしょうがないっかと前を向いた。


「しかたない。今回は譲ってあげますよ」


     *


「それで、紗弥加さんは行きたいところとかありますか?」


 教室を出て純は紗弥加が持っていたパンフレット開いた。


「そしたらね、夢花ちゃんのところ行きたいかな」

「今なら夢花は喫茶店で働いてる時間ですね」

「夢花ちゃんかわいかった」

「ええ」


 文化祭中、夢花が喫茶店の服装は見てはいないが前日準備では見ていたからな。


「純くんってあんまり『かわいい』って言うことに抵抗とかないよね。なんかこう、素直にかわいいとは言わないタイプだと思ってたんだけどね」

「それは、遥夏のせいですね。中学の時から、おめかしした時にかわいいって言わないと怒ってきたので」


 かわいいっていうのは今でも照れ臭いとはもうが、昔と比べだんだんと言えるようになってきて気はしている。


「遥夏ちゃんって、さっき龍樹のそばにいた子?」

「そうですよ」

「もしかして、龍樹を好きだったりする?」

「ないって言ってましたね」

「なんだ、そういう感じじゃないのね。じゃあ、ライバルか」

「なんでライバルなんですか?」

「それは内緒」


 3歳年下をライバル認定する今年20歳の紗弥加。何をもってライバルと言っているのだろうか。


「着きましたよ」

「うわ~、混んでるね」


 夢花のクラスは長蛇の列となっていた。


「しょうがないですよ。普通の喫茶店といってるものの、コスプレしてますからね」


 昨日、一昨日と校舎を回ってみたもののコスプレをしているのは夢花のクラスだけであった。人気が集まるのは仕方のないことだ。


 数十分、談笑していると純たちの番となり、入室が許可される。


「夢花ちゃ~ん」

「うわ、紗弥加さん、ここは学校なんですから止めてください。ちょっと、菱村くん。見てるだけじゃなくて助けてください」


 昨日の悩んでいた夢花の様子は見られず、急に抱き着いてきた紗弥加の対処に追われていた。


「それで、ご注文は?」


 ハァハァと息を切らしながらも接客を務める夢花。


「夢花ちゃんのオススメで‼」

「じゃあ、僕もそれで」

「分かりました。少々お待ちください」


 夢花が注文を伝えに行くと、紗弥加さんが「似合ってるね」と言いて来たので純は共感するように頷いた。前日準備の時とは違い、猫耳はつけていないみたいだった。


「お待たせしました」


 夢花がサンドウィッチと紅茶を運んできた。


「ありがとう、夢花ちゃん。いただきます」


 運ばれてきたサンドウィッチをおいしそうに食べる紗弥加。


「今日は猫耳着けてないの?」


 紗弥加に聞こえないように夢花に耳打ちした。


「あれ着けるの恥ずかしいですからね。今は千早ちゃんがつけてますよ」


 夢花が指を差した方向を見ると先日見た時とはだいぶ印象の変わった千早の姿があった。大人しくしていれば美人でモテそうだなと考えていたら、左右の頬がつままれた。


「なんですか?」


 左頬をつまんだ夢花。「なんとなくです」

 右頬をつまんだ紗弥加。「デート中に他の女の子を見てたからだよ」


 文化祭を一緒に回っているだけでデートをしているつもりではないのだが、紗弥加はご立腹らしい。「すみません」とだけ頭を下げておいた。


 混んでいなければもう少し長居をしたのだが、他にもお客さんがいることから純たちは代金を払って、夢花のクラスを離れた。

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