第35話 文化祭1日目with夢花

 文化祭が始まった。純たちの催し物は大盛況とはいかないものの、多くの客に見舞われた。


「そろそろ、交代するぞ」


 時刻は11時45分、『縁日やってます! 場所は3階、2年D組』と書かれたプラカードを持って宣伝しながら歩いていた純に龍樹がそう声を掛けた。


「もうそんな時間?」

「3交代制でやってるからな、早く感じちゃうんだろうな」


 純たちのクラスは文化祭のシフトを3つの時間、

①開園時間である9:00から12:00

②12:00から15:00

③15:00から閉園時間である17:30

に分けられていた。


 純は1日目は①にプラカードによる宣伝、③が教室の射的の店員。2日目は①の時間に店員の仕事が割り振られた。それ以外の時間は自由時間に当てられる。


「まだ少し早くない?」


 交代の時間までまだ15分ある。交代のタイミングは各自に任せられていたが、さすがに15分前に交代するのは少し早すぎる。


「今日は回りたいところ全部回ったし、別に15分ぐらい早くても俺はかまわないって」

「でも、龍樹このあと休憩なしなんだからギリギリまで休んだ方が良いんじゃないのか?」

「大丈夫だって、宣伝は自由に校舎回れるんだし、プラカードをちゃんと掲げてたら休んでも良いって言われてるんだから。それに、早く行ってあげろよ。待ち合わせは12時なんだろ? 準備するのに時間は多くあって困らないだろ?」

「龍樹、ありがとう」


 純は龍樹にお礼を言ってプラカードを渡した。


「じゃあ、行ってくるわ。楽しんで来いよ」

「うん」


 『縁日、2年D組でやってます~』と文化祭に来ている客に声を掛けながら龍樹は歩いて行った。


 純は教室に戻り、支度を終えるとすぐに待ち合わせの場所へと向かった。


    ※


 待ち合わせの場所は図書室前。5分前に図書室に着くと、左手で短い髪をいじっている女の子の姿があった。


「ごめん、待った?」

「いえ、今来たばかりですよ」


 黄色のポロシャツに白色で喫茶店の名前が書かれたクラスTシャツを着ていた。


「菱村くん、来るの早かったですね。もう少し遅いかと思っていましたけど?」

「ああ、龍樹が早めに交代してくれたんだ」


 夢花はフフッと「やさしいんですね」と笑った。


「それで、どこ行こうか?」


 昨日のうちにどの店を回ろうかという話し合いはしていた。その中でお互いが行きたいと思ったのが、13時半から14時半までの予定の劇だった。


 その劇まではまだ1時間半ほど時間があるので他のクラスをぶらぶらするつもりだ。


「そうですね、まずはお腹すいているので菱村くんたちのクラスに行ってもいいですか? 私焼きそば食べたいです」

「なら、行こっか。お昼時だし、早くしないと混雑しちゃうかもしれないからね」

「はい」


 純はクラスへ戻ると、混雑とはいかないまでもそこそこ人が集まっていた。どうやら、焼きそばの割引券が効いたらしく、射的は人気らしい。


 焼きそばの値段は200円と少し高めに設定しているが、射的は10円、50円、100円の割引券を景品としている。


 小学生は5発まで、中学生以上は3発打てるようにしている。割引券は一番金額の多いものだけを利用できるようになっている。それ以外は当てたものはすべて持ち帰られるようにした。


 ただ、小学生には割引券よりもお菓子や風船の方が良いらしく、焼きそばと風船をもった家族が何組か出ているのが見受けられた。


「どう順調?」


 純たちに順番が回ってくると、店番をしていた遥夏に声を掛けた。


「まあね、ただ、意外に射的難しいみたいで100円引きを当てた人はいないよ」

「少し難しくしすぎたかな?」

「100円引きだし、これぐらいの難易度の方が良いんじゃない? 簡単にとりちゃったらつまらないだろうしね」


 景品が置かれている机を見ると、お菓子が予想よりも多く減っていた。割引券を諦めて、お菓子に狙いを変えた人も一定数いるのだろう。


「夢花ちゃんだっけ?」


 遥夏が純の後ろにいた夢花に話しかける。


「はい、そうです」

「初めまして、私白浜遥夏。いつも純から夢花ちゃんのこと聞いてるよ」

「そうだったんですね、私も白浜先輩のこと菱村くんからよく聞いてました。s中学のころからの友達だって」

「私のことも下の名前で呼んでいいよ」

「じゃあ、遥夏先輩ですね。ところで先輩私と会ったことありましたっけ?」

「ないと思うけど?」


 昨日、遥夏が純と一緒に夢花のクラスを訪れたことを除けば、二人に関わりは一切ない。


「そうですか、どこかで聞いたことがある声だったので……」


 夢花が首をかしげてつぶやくと、純は遥夏に耳を引っ張られた。


「まさか、純話してないでしょうね?」

「話してないよ。ただ、僕と夢花がみるアニメほとんど一緒だから……」


 夢花に聞こえない声で話していると、「どうかしました?」と言われたので、「大丈夫、店のこと話してた」とごまかした。


「じゃあ、2人とも1人3発ね」


 純は100円引きの券に狙いを定める。一応練習では一発当てることはできた。さすがに誰も当てられないと詐欺になってしまうので、ギリギリを攻めた配置になっている。


 『ピュッ』と弾が飛んでいく。それは100円引きの券の左をすれてチョコレートのお菓子の的に当たる。他の客から惜しいとの声が飛んできた。


 2発目も調整したつもりが少し右にずれて50円引きの券にヒットする。


 50円引きを当てたことで満足なのだが、誰も達成していないことから、クラスメイトや他のお客さんからの視線が熱い。どうやら、100円引きを狙わなきゃいけない雰囲気らしい。


 呼吸を整えて、3発目を放つ。今度の弾は見事当たったかに思えたが、右部分を掠っただけで、倒れることはなく、手作りのしおりと書かれた的が倒れた。


「惜しかったね」

「まあ、自分のクラスの店員が100円引きを最初に当てるのも少し変だから、これで良かったかもね」


 純は遥夏から3つの景品を受け取った。ただ、しおりは純が作ったものであるので自身で作ってもらうのはなんか少し変な感じした。


 夢花はというと、10円引き、50円引きと純が作ったブックカバーだった。


「どうだった?」

「難しいですね、ブックカバーは取れたんですが、しおりは取れませんでした」


 夢花は割引券よりもそちらの方を狙っていたようだ。純は遥夏から渡されたしおりを夢花に渡した。


「いいんですか?」

「いいも何も、これ僕が作ったやつだからね。欲しいならあげるよ」

「ありがとうございます」


 夢花に渡したしおりはバラの絵が描かれたものだ。裏表で数えれば9本ある。元々花好きや女の子向けに作ったものだから、喜んでもらえるのなら夢花が使ってくれる方が良い。


 純たちは射的の景品で得た割引を使い、焼きそばを食べた後、違うクラスへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る