第34話 1週間

 ガラガラと教室のドアが開く。開けたのは千早だった。


「夢花仲直りできた?」

「うん」


 どうやら、千早は純と夢花がケンカしていることを知っているらしい。


「やっと、これで解放されるよ」

「解放?」


 解放という言葉に引っかかってつい口からこぼれると、千早は笑いながら答えた。


「夢花ったら、先輩とケンカしてる間、ずっと落ち込んでたんですよ」

「千早ちゃん‼」


 千早の口を押さえようとしたものの、ほかの女子たちによって掴まれて止められてしまった。


「文化祭準備中もどこか気が抜けてて、ドジってばかりだったんです。それでいて、私たちは毎日愚痴を聞かされてたんですよね」


 一種の公開処刑だなと純は思った。夢花は恥ずかしそうに顔を押さえた。


「だって先輩がいけないんですよ。ケンカしてから何日も会いに来なかったんですから……」

「それは本当に申し訳なく思ってる」


 夢花にちゃんとした小説を見せたいと思って納得のいく作品ができるまでかなりの時間が経ってしまったからな。その間、夢花は純がなかなか会いに来ないことにいら立っていたのだろう。


「まあまあ、いいじゃないですか。こうして仲直りすることができたみたいですし」


 きれいにまとめようとして入るが、夢花があらぶっているのは千早が余計なことを言ったからだと思のだが。


「それと、菱村先輩? 一つ気になっていることがあるんですが質問してもいいですか?」

「いいけど」

「なんで、夢花のこと“柳井さん”って呼んでるんですか? 付き合い長くて、親しい関係なのに下の名前で呼ばないんですか?」


 純が夢花のことを苗字呼びしていることが千早にとっては気になるらしい。


「別に深い意味はないんだよ。ただ、僕があまり女子のことを下の名前で呼ばないだけで」

「じゃあ、今から下の名前で呼びましょう」

「えっ、今から」

「いいじゃないですか、別に仲が良いなら下の名前で呼んでも平気ですよね?」


 確かに仲はいいとは思うが、下の名前で呼ぶことに夢花がどう思うのかが気になる。


「夢花もいいよね?」

「先輩が良いなら……」

「じゃあ、問題ないですよ。菱村先輩。読んであげてください」


 この千早という子はぐいぐいくる子だ、と純は思った。ペースを崩されると言ったらいいか、この流れで名前を呼ばないのがおかしいみたいな雰囲気が流れてくる。


「じゃあ、呼ぶね……」


 遥夏みたいに呼び捨てをするか、紗弥加みたいに“さん”をつけるか悩んだが、純が選んだのは前者だった。


「夢花、これからよろしく」

「はい、お願いします」


 夢花と呼ばれて一瞬ピクッとはしたものの、どうやら受け入れたらしい。


「あ~、これで肩の荷が下りたよ」


 千早が疲れた~と言いながら伸びをする。


「ほんと、付き合っててもケンカするからカップルは大変だよ。私はまだ彼氏は欲しくないかな……」

「「え?」」


 夢花もおかしいと気づいたらしく、ハモった。


「どうしたの二人とも」

「私たち別に付き合ってないけど」


「「え~~~」」と千早だけじゃなく、周りにいた夢花の友達らしい女子たちも驚いた声をあげた。


「うそでしょ、付き合ってないのに2人きりで遊びに行ったりしてたの?」

「うん、そうだけど」

「でも、さすがに、好きっていう感情はあったよね? まだ告白できてなくて付き合ってないだけで」


 千早に早口で捲し立てられ、純と夢花は顔を見合わせた。


「先輩、私のこと好きですか?」

「友達としては好きだけど、異性として好きと思ったことはないかな」

「なら、私と一緒ですね」


 お互い好きかどうか聞いても顔色一つ変わらず否定をする二人を見て

千早は「噓でしょ」と呆れた声を出した。


「あ~もう、解散、解散。せっかく夢花の彼氏だと思って二人をからかってたのに、つまんない。なんのためにわざと猫耳姿を先輩に見せたのか」

「ひどい、あれわざとだったの?」

「そうよ。じゃなきゃ、人がいないって嘘つくわけないじゃん」


 千早がわざと猫耳姿を純に見させたことに夢花ご立腹な様子だ。純が猫耳姿をかわいいと思ったことは夢花には内緒だ。


 「千早、嫌い」と夢花は教室から飛び出した。


「ほっといていいの?」

「いつものことなんで、大丈夫ですよ」


 いつもあんな感じなのか。夢花はいつも純や紗弥に対して必ず敬語で話す。だから、千早と絡む夢花は新鮮だった。


「それより、菱村先輩。本当に夢花のことは好きじゃないんですか?」


 先程、純たちが否定したことに納得ができていないらしい。


「夢花は可愛くて良い子ですよ? 好きにならない理由なくないですか?」

「僕から見ても、夢花は良い子で一緒にいるのは楽しいよ。でも、それが恋愛と結びつくかはまた別のことなんだよ」


 純には会いたい人がいる。だからこそ、恋愛をしたいと思えない。それが紗弥加や遥夏であろうと。


「……そういうもんですか。分かりました。もう先輩にはこの件は聞くのをやめます」

「そうしてくれると助かるよ」

「でも、夢花のことはよろしくお願いしますね。“友達”としてでいいので見守ってあげててください。あの子すぐ無茶をするから」


 千早は夢花が先ほどまで座っていた椅子をなでながらそっとつぶやいた。


「それはもちろん。何か夢花が困ったことがちゃんと助けるよ」


 その言葉に安心したのか、手を胸に当ててホッと息を吐いて「ありがとうございます」と笑った。


     *


 純が千早との話を終え教室から出ると、龍樹や遥夏の姿はすでになかった。どうやら気を遣って教室に戻ったらしい。


「あれ? 夢花どうかしたの?」


 純の視線の先には顔を下げながらこちらに向かってくる夢花の姿があった。


「メイド姿だったことを忘れてました」


 教室からメイド服で飛び出したことに気づいたらしく、恥ずかしくなって引き返してきたらしい。顔をよく見ると少し顔が赤くなっていた。


「千早っていう子良い子だね」

「そうなんですよね。いつも何かあった時に相談に乗ってくれる子です。ただ……時々からかってくるのでそれは辞めてほしいですけど」


 クスッと純が笑うと、「何笑ってるんですか」と夢花が顔を膨らませて言う。


「夢花が敬語を使ってないところ見たことがなかったから、千早って女の子と話してるときは楽しそうだなって思っただけだよ」

「まあ、先輩も紗弥加さんも私より年上ですからね」


 夢花は年上には敬語を使うのは当たり前と考えているらしい。純もしっかり年上には礼儀を払う。ただ、夢花が自分に対して敬語を使うのは少しこそばゆく感じていた。


「夢花さ、お願いがあるんだけど、僕に対して敬語は使わないで話してほしいかな」


 「何故ですか?」と純の考えを理解できない様子で首を傾げた。


「今日、他のこと夢花が話しているのを見てると、なんか壁があるような気がしたんだ。僕と話すときより伸び伸びしてるようだったから」

「先輩は2年生で年上ですからね。敬語を使うのは当然かと……」

「年上といっても誕生日1週間しか変わらないでしょ」


 純は3月30日、夢花は4月6日が誕生日であり、1週間しか変わらない。学年が違うとはいえ、誕生日がそんな変わらない夢花から敬語を使われていたのが純は少し変な感覚だった。


「夢花と知り合ってからもう1年以上経ってて僕は仲の良い友達と思ってるから、この関係に上下関係みたいなのはつけたくないんだよね」


 夢花は純の友達。学年が違ったからと言って、夢花が下手したてに出ているのが嫌だった。小説の採点を除けば、いつも夢花は純に気を遣っていた。だから、純はこの関係を壊したかった。同じ目線で対等に言い合える仲になりたかった。


「先輩が望むなら、良いですけど、ただ……敬語は癖ついちゃってるので簡単には取れませんよ?」

「うん、それでいいよ。癖をいきなり無くせっていうの難しいからね。あと“先輩”呼びは禁止ね」

「え、じゃあなんて呼べば……」

「夢花の自由にしていいよ」

「ええ……」


 純の無茶ぶりに困った夢花は少し戸惑ったものの、どう呼ぶか決まったようで純の顔を見た。


「じゃあ、菱村くんで……」

「下の名前でいいのに。僕も下の名前で呼んでるから」

「いえ、まだ私にはちょっと……決心がついたら下の名前で呼んでもいいですか?」

「うん、それはもちろん」


 指をモジモジさせながら恥ずかしそうに聞いてくる夢花を見て純は嬉しそうに答えた。


「そろそろ、準備があるので戻りますね」


 純のクラスは自由時間ではあるものの、他のクラスもそうというわけではない。教室の方へ純に背中を向けて歩いていたが、夢花は足を止めて、


「じゃあ、せんぱ……、いえ菱村くん。明日の文化祭一緒に回るの楽しみにしてるね」


 顔だけをこちらにニコっと向けて夢花は教室へ戻っていった。


 純もすぐに振り返って自分のクラスに戻ることにした。


 お互い、顔が赤くなっているのを見られないように。


______________________________________


 作中何度も申し上げてはいますが、この2人本当に付き合っていませんのでご注意を。今回の件で、先輩後輩関係が無くなって対等な関係とはなりましたが、その他の進展はありません。


 次回からいよいよ、文化祭が始まります。夢花とのデートだけではなく、紗弥加とのデートの約束も……


 次回更新は未定です(来週中には更新できれば……)

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