第23話 名前は××××

 雨が降っているにも関わらず、女の子は屋根の下に入ることなく、カッパと傘の両装備で楽しそうにチャプチャプと遊んでいた。


 その様子に目を引き付けられていた純だが、女の子の一言で意識が戻る。


「ねえ、君の名前はなんていうの?」


 なんと名乗るか悩んだ。どうせ、名前を教えたところでもうすぐすれば変わることになるだろう。この名前とあだ名で呼ばれるのはあと少しのことだ。


「……雪村純ゆきむらじゅんだよ。みんなからはユキって呼ばれてる」


 女の子は小さな声でユキ、ユキちゃん、ユキ君と呟いていた。


「じゃあ、ユキ君と呼ぼうかな」


 どうやら、しっくりくるのが“ユキ君”だったらしい。


「私はね、××××っていうんだよ」

「××は何歳? 僕とそう変わらないように見えるけど」

「9歳だよ」

「じゃあ、僕と同い年だ」


 同い年の女の子。けど、名前は初めて聞いたものだった。同い年なら別のクラスだとしても見たことぐらいはあるはずなのに、純には見覚えがなかった。たぶん、違う小学校なんだろうなと純は考えた。


「××は、こんなところで何をしてたの?」

「私? 私はここで絵を描いてたんだよ……」


 机の方を見やると、描いていた途中なのか無造作にスケッチブックと色鉛筆が置かれていた。

 そのスケッチブックは傷んでいるように見えたのでそうとう使い込んでいることが分かる。


「へ~、どんなの描いてたの?」

「好きなアニメのキャラだったり、川とか花を描いたりかな」

「見てもいい?」

「……別にいいけど、見てもつまらないと思うよ」


 ××はちょっと恥ずかしそうにしながらもスケッチブックを開いて見せてくれた。


「わ~、凄い!!」


 思わず口から声が漏れた。描かれていたものは有名なアニメのキャラクターだったり、風景だった。まさにこのベンチから見える河川敷を描いていたことが分かるほどの上手い絵だった。


「上手く書けてるかな……」


 不安そうな目で純を見るが、××の方をまっすぐ見た純の目はキラキラしていた。


「凄く上手だよ。僕の絵とは全然違う」


 純が書く絵は棒人間だったり、色を塗ったりしても色がはみ出したりしている。比べる方が失礼なぐらいだ。


 さすがに、××の絵を有名な画家さんと比べたらかなり劣るが、同い年の子の絵と比べるとかなり抜きに出ていることが分かる。


「……ありがとう。褒めてくれて」


 嬉しそうに笑う××を見て純は目を背けた。××の嬉しそうな顔を見たらなぜか恥ずかしく思えたからだった。


「私、家族以外に絵を褒めてもらったのは初めて……」

「本当? だったら他の人にも見せたらいいよ。きっとみんな上手だって言ってくれるよ」

「……私友達いない」


 先程までの明るい表情と打って変わって××の顔に陰りが出る。


「私友達いないんだ、緊張して話せなくて……」

「でも、僕とは話せてない?」

「1対1なら大丈夫なんだと思う。教室とかだと周りに色んな子の目があるから、怖くて」


 純と夢花が今いる河川敷には誰も他にいない。普段であれば、ここは親子で遊びに来るほどの人気の場所だが、雨が降っていることで寂しい光景が広がっている。


「じゃあ、僕が××ちゃんの最初の友達だね」


 純の心臓はバクバクしていた。会ってそんなに経っていないのに、もう友達呼びするのは引かれてしまうのではないかと心配していた。ついでについ“ちゃん”付けで呼んでしまい恥ずかしさで死にそうだった。


「ユキ君はもう私の友達なの?」


 嫌がるというよりは、期待の目を向けているようなそんな顔。


「うん、そうだよ。こうして楽しそうに話してるもん。それに、名前もあだ名で呼びあってるし、それに他の子が見たことがない××ちゃんの絵を僕だけが見れたんだから」


 友達という概念は曖昧だ。どれだけ仲良くしてその人と友達になるかは人それぞれだ。だったら、会ったばかりの子とすぐに友達になってもそれは本人の気持ち次第。


「友達……、じゃあ、ユキ君は今日から私の友達です」


 よっぽど嬉しかったのか××は自分で描いた絵を見ながらニコニコ笑った。その様子を見ていた純は今朝から悩んでいたことを忘れるほど、心が安らいだ。


 その後も時間を忘れるように2人は話した。気が付けば、17時を知らせる鐘が鳴り響いた。


「もうこんな時間か……」


 ××と話すのは楽しく、いつの間にか雨もやんでいた。まだ話していたいがそろそろ帰らなければ母が心配する。純が××の方を見る。彼女もどうやらまだ話したりない様子だった。


「もう帰らないといけないよね」

「そうだね、もう暗くなるし……」


 別れを告げて純はその場から去ろうとした。すると、純の足が止まった。というよりは、服を引っ張られて動けなかった。


「ねえ、ユキ君……」


 純の服を掴みながら小刻みに震えて、今にも泣きそうな顔をしていた。


「また、会える?」


 同じ小学校ではないから、こうしてまた自然に会うことは難しい。それを分かっているからこそ、××は不安にしていた。


「僕と××ちゃんはもう友達だよ。だから会いたいと思えば会えるよ」

「ほんと……?」

「うん、約束」

「じゃあ、明日は?」

「明日……⁉」

「ダメ?」

「学校が終わった後でいいなら」

「それでいい……」


 二人は約束して各々家へと帰っていった。

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