第22話 カッパの少女

 母が今の純の義父、勇人と再婚する前、小学4年生の春までは純はこの町で暮らしていた。


「純、明日の午後合わせたい人がいるから」


 小学4年の4月中旬、純が学校に行く直前にそんなことを母から告げられた。母が再婚をしようとしてる。小学生であった純もそんなことは簡単に察していた。


 父が交通事故で亡くなり、今まで母だけで純を育ててきた。実家に帰るという選択肢はなかったからだ。母方の父母はすでに他界していたため一人で育てざるを得なかった。


 そんな母も限界に来ていたのだろう。純は聞きわけが良かった。母の言うことはちゃんと聞くし、お手伝いもしっかりしていた。できるだけ母に負担を掛けさせないために。だけど、長くは続かなかった。無理な仕事の詰め込みすぎて母は倒れてしまった。


 そんな時、母のもとに1つのお見合い話が舞い込んできた。最初は母も渋っていた。自分だけ幸せになっていいものかと。


『お母さん、結婚したいならしてもいいよ』


 母の様子を見かねた純が母にそう告げた。


『純のお父さんは一人だけなんだよ?』

『うん、でもお母さん一人だと大変でしょ? 僕はお母さんが元気でいてくれればそれだけでいいよ」


 『ありがとう純』と母は純のことを抱きしめた。数日後、母はお見合いを受け入れた。


 母の様子を見るにお見合い上手くいっているのが分かった。再婚か……。もうすぐ、純は血の繋がっていない他人と一緒に暮らすことになる。結婚しても良いと言ったものの一抹の不安は感じていた。


 その日の授業はあまり頭に入ってくることはなかった。明日のことばかりを考えている間に下校時刻になっていた。純の心の内を表すかのように外を見れば雨が降り始めていた。ロッカーに置いてあった傘を取ってランドセルを背負い、学校から出ていった。


 いつもの純であれば寄り道をせずまっすぐ家に帰っている。ただその日はなんとなく帰りたいとは思えなかった。いつもの通学路から外れ、河川敷がある道から帰ることにした。この場所は亡くなった父とよく遊びに来ていた場所。家を除けば一番父との思い出が詰まっている場所。そして父が亡くなった場所でもある。


 父は学校の先生であった。帰宅途中、車に引かれかけた自分の生徒を守るために車と衝突した。


「お父さん、もう一度会いたいよ……」


 もっとたくさん話したかった。遊びたかった。交通事故は昨日まで元気だった人がいなくなってしまう。最後に父に何も言うことができなかった。


 父が亡くなった場所には花が置かれている。生徒や保護者だけでなく他の先生からも好かれていた父だけに亡くなったことにひどく惜しまれた。


 純はその場所に立ち尽くし、昔遊んだ草原の方をぼーっと見ていた。すると、何かに吸い込まれるかのように純の足が川の方へと運ばれていく。


「何してるの、危ないよ」


 後ろから誰かに手を掴まれて純は正気を取り戻した。気が付けば、目の前には川があった。一歩間違えれば、流されていてもおかしくはなかった。


「大丈夫? 何かあったの?」


 純に声をかけてきたのは、カエルのカッパを着た、純とそれほど身長が変わらない長髪の女の子だった。


「とりあえず、ここじゃ危ないから向こうに行かない?」


 純が縦に頷くと、その女の子は純の手を引いて階段を上った先にある屋根付きのベンチのところへと連れていかれた。


「落ち着いた?」


 その女の子は純が落ち着くまでそっとしていた。


「うん、もう大丈夫。ありがとう」

「なら良かった。それとどうして雨が降ってるのに川に近づいたの? お母さんがいつも言ってたよ足を滑らしたら危ないから川に近づいちゃダメだって」


 純は返答に困った。純自身何故川の方へと歩いていたのか分からない、気づいたら目の前に川があっただけだから。


「ちょっとね、悩んでいることがあってぼーっとしてたんだ。……イタっ」


 女の子におでこをデコピンされて、両手でおでこをおさえる。


「目が覚めた? ぼーっとしてたら危ないんだからね」


 悪い子と言わんばかりの目でこちらを見てからその女の子は微笑んだ。


「悩んでいることがあるなら、私に話しなよ。聞いてあげるから」

「いいよ、悪いし」

「ダ~メ、このまま目を話したらまた川に行っちゃうかもしれないでしょ? だから話してくれるまで私はここを動かないよ」


 頑固な子だ。数分純が黙っていても、何かをするわけでもなく、純のことを見ている。根気負けした純は口を開いた。


「今度ね、お母さんが結婚するんだ。それで新しくできるお父さんと仲良くできるか心配してたの……」


 重い口を開き、悩みを打ち明けたが女の子の反応はものすごく困った表情をしていた。


「どうかした?」

「そんなに難しい悩みって思わなくて……。テストの点数悪かったとかそんなものだと思ってた」


 右の頬をポリポリと掻きながら目をキョロキョロしながら慌てる女の子を見て純はクスっと笑った。


「なんで笑うの?」

「いや、君って面白いなって」


 悩みがちっぽけなことに感じられるぐらい、その子を見ていると心が安らいだ。


「ありがとう、おかげで元気が出たよ」

「私何もしてないよ」

「ううん、してくれたよ。君のおかげで元気が出たんだから」


 納得がいかないみたい表情で首をひねる女の子だったが、突然立ち上がって、一度純に背を向けた。指を口元に当てて何かを考えるそぶりをした後、「まぁ、いっか。元気が出たなら」と言って、顔だけをこちらに向けてニヒッと笑った。


 その笑顔に純はドキッとした。友人は龍樹を始めとした男ばかりで女子と話すことが純にはなかった。


(なんだろう、この胸の高鳴りは……)


 純はこの日、名前の知らない女の子に一目ぼれをした。

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