4部 初恋

第21話 忘れられない子

 純は夢花と仲直りをするために小説を書くことに決めた。ただ、どんな話を書くのか決まっていない。ネタが見つからないからだ。


「今度は後輩ちゃんとケンカしたの?」


 久しぶりに文化祭準備に来た遥夏に事情を話すと呆れたような反応が返ってきた。


「一体、何人とケンカするつもりよ」


 いくらピリピリしていたとはいえ、1ヵ月の間に義父と夢花の二人とケンカをしている。義父とはあれ以来揉めるようななことは起きていない。


 ひとまず、新人賞の結果が出るまではこの件については話さないことを約束したからだ。ただ最近義父の様子がおかしいのは純も気になるところだった。


 どこかにいつも電話しているみたいだし、時々純の部屋に入って執筆の様子を見に来たりしている。何かを言われたわけではないので無視をしているが奇妙な行動に純も困惑していた。


「僕もしたくてしてるわけじゃ……」

「次は私とケンカしちゃうかもね」

「いつもお互い言いたいこと言いあってる仲だし、それはないかな」


 ある意味純にとって遥夏は一番気の置けない女友達だ。言いたいことを素直に言えるため、遥夏に対して何日もモヤモヤすることはない。


「それもそうよね、ごめん忘れて。それで純は何をしてるの?」

「新しい小説の構成を考えてる」

「お話ってポンポン思いつけるもんじゃないの?」

「思いつくだけなら簡単だよ。それを面白くしないといけないから、難しいんだよ」


 特に純の小説は夢花に厳しい評価を受けている。今までとは違う何かをつかむ必要があると純は考えていた。


「それでネタが尽きたってわけ?」

「うん、柳井さんが他人視点じゃなくて、自分の視点で書けって言われたんだけど。それが上手くできなくて……」


 今まで書いた小説は目線がすべて主人公の立場からではなく第三者からの目線で書いていた。純の今の力ではその表現の仕方では主人公の気持ちが伝わりにくい。


 だからこそ、夢花は自分の視点すなわち主人公を自分に見立てて書いた方が良いとアドバイスをしたのだろうと純は解釈した。


「ただ自分の気持ちを書けばいいんじゃないの?」

「経験がないものって書きにくいんだよね」

「……待って純。純って恋したことないの?」

「あったと思うけどもう何年も前のことだから。最近はそういう感情は持ったことがないかな。というより、恋愛ってどういうものかよく分かってないって表現した方が良いかな」


 母の再婚でこの町を離れた。そしてその母は亡くなった。うすいさちのおかげで傷は癒えることはできた。だけど、当時中学生だった純にとってそのショックの大きさは計り知れないものだった。感情が1つくらい欠落してもおかしくないほどに。


「好きになるってどういう感情なのかよく分からないんだよね」

「アルバイトをしている先輩のことは? 好きじゃなかったの?」

「好きだと思うよ。付き合うのも悪くないと思った」


 一瞬、遥夏の顔が曇ったが、純はそれに気づかず、言葉を続ける。


「だけどね、胸が凄くモヤっとしたんだ。本当にこれは好きっていう感情なのかなって」

「じゃあ、うすい先生は? 純、ずっとその人のこと見てたんでしょ?」

「あの人たちへの感情は憧れの方が近いと思う。それに実際に会ったことがあるわけじゃないからね。あくまでも僕にとっての恩人。会ってみたいっていうのは本当だけどね」

「そうかな~、私はそれは普通に恋って感情だと思うけど」

「遥夏は今恋してるの?」

「私? 私は今ぜっさ……何言わせる気⁉ そういうことは聞いちゃいけないでしょ」

「いいじゃん、言ったところで減るもんじゃないんだし、問題なくない?」

「問題大アリよ。バレたらその人と話せなくなるでしょ?」


 遥夏の反応で好きな人がいることはバレバレだった。ただ誰のことを指しているのかは純には分からなかった。


「僕別に誰かに言いふらしたりしないよ」

「なんでそうなるのよ。とにかく純には言わないから」

「え~ケチ」


 ギロッと睨まれたので目をすぐに反らした。遥夏も恋をする年頃なんだな。でも相手は誰なんだろうか。


 どうやら龍樹ではないみたいだし、その他学校で遥夏と話したりしている人は記憶にない。照れて話せないだろうか。いや、それは遥夏に限ってないなって思って微笑すると、「なに?」と再び遥夏ににらまれた。



 普通に考えたら声優の仕事で知り合った人だろうな。それなら純も遥夏が話しているところなんて見えないからな。


「ていうか、これ純の話でしょ。私を巻き込まないで」

「いいじゃん、別に」

「良くない」


 これ以上詮索すると殴るよみたいな眼差しがあったので口を閉じることにした。相手が純の知り合いではないなら聞いたところで関係ないだろうとこれ以上の詮索をすることは諦めることにした。



 これ以上からかうと、今度は遥夏とケンカしかねないからな。さすがにそれは笑えない出来事だ。


「純こそ、一回ぐらい誰かを好きになったことあるんじゃないの?」

「……」

「なんで、今、目を逸らした?」


 純は一度だけ小さい頃にある女の子に恋をしたことがある。


「何か隠してるでしょ?」

「それって昔言ってた女の子のことか?」


 どこからか声が聞こえてきて教室の入口の方を見れば、今日も補習を受けさせられていた龍樹の姿があった。


「龍樹、補習終わったのか?」

「ああ、なんとかな。試験も合格したから、明日から文化祭準備に参加できるぜ」


 これで射的の分担のメンバーがそろうことができる。綿原はかわいそうだな、今日に限って急用があって来られなかったんだから。


「ねえ、それより昔言ってたおんn……」

「早く、龍樹手伝ってよ。遅れた分取り戻してもらうからな」


 遥夏が龍樹の言葉を拾ってきたので慌てて遮る。別に面白くとも何ともない話だが、なんとなく聞かれたくない。


「分かってるよ」

「龍樹、昔言ってた……」

「今日は綿原休みだって」

「純うるさい。少し黙って」

「はい……」


 諦めずに龍樹から話を聞こうとする遥夏を止めたかったが、怒られた。完全に興味対象がそちらに向いてしまった。ここで龍樹が話さないように誘導したところで、純がいないところで話されるのがオチだ。


 だったら純がいるまで話してもらった方が変な脚色をされずにすむ。


「龍樹、それで純が昔言ってた女の子って?」

「龍樹その話は……」


 そうは言っても恥ずかしい出来事なので最後の悪あがきに出た純だったが、


「ちょうどネタに困ってたんだろ。それにラブコメ書くなら自分の恋愛を振り返ってもいいんじゃないか?」


 無駄だった。どうやら純が止めようとも龍樹は話す気満々のようだ。


「私たちの話聞いてたの?」

「そうだぞ、10分前ぐらいから教室の前で立ってたんだけどな、気づかなかったのか?」

「全然気づかなかった。さっさと入ってくればよかったのに」

「2人してじゃれあってたから入っていいものかと……」


 「「じゃれてない」」と、純も遥夏も全力で否定した。昔から龍樹は純と遥夏の仲をいじってくる。


 「今に見ていろよ、もし綿原と付き合うことになったら全力で仕返ししてやるからな」と心に誓う純であった。


「まあとにかく、書くことに困ってるなら昔の自分を振り返ってみるのも悪くないんじゃないか? もしかしたら、好きって感情も思い出すかもしれないぞ」

「そうだよ、純。話してよ。私もその話気になるから」


 2人からの圧に耐え切れなかった純は渋々承諾した。


「かなり昔のことだから全部は覚えてないよ」

「うん、覚えている範囲だけでも話して」

「……はぁ~、分かったじゃあ話すよ」




 これは純の初恋の話。唯一純が明確に好意を抱いた同い年の女の子の話だ。

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