第20話 この言葉は君のためじゃない

 純と夢花の母の様子から純と夢花がケンカしてしまったことを知った紗弥加は純から詳しい話を聞いていた。


「へ~、それで、純くんは私のことは断ったのに、可愛い子とデートしてたんだ」

「デートじゃないって言ってるじゃないですか。それにその子とは相談を受けただけで何もありませんよ」


 紗弥加がどんなにアピールをしても純は振り向くことはなかった。ただ純も自分に対して好意を持ってくれているんだろうなと思っていた。


 だから、告白をすれば成功する確率は高いと思っていたが結果は失敗。正直に言えば凄く落ち込むと思ってた。だけど、そんなことはなく、ただ拍子抜けするだけだった。


 紗弥加の告白を断った理由が榎原紗弥加に問題があるわけではなく、うすいさち先生のことに会いたいからと言われて、ポカーンとしたのを覚えている。純が口を開けばうすいの話をしていたのでよっぽど好きなんだなということは分かってた。まさか、うすいさちのせいで断られるなんて夢にも思ってなかったけど。


「冗談、冗談。で、それを夢花ちゃんが見て怒っちゃったと」


 そんなことで純のことはあきらめるつもりは毛頭ない。とはいえ、ショックは一応受けたので少しぐらいからかってもばちは当たらないだろう。


「それが原因というよりは、僕の執筆の出来の悪さにイライラしたんだと思います」


 それもあるとは思うけれど、たぶん嫉妬もしてたんじゃないかな。ここ最近夢花は忙しかっただろうし、様子を見るにプライドもズタズタにされていたのだろう。そこを追い打ちするかのように仲良くしている先輩がかわいいと思う子と楽しく話していたら、恋愛感情を抱いていなくとも、モヤモヤはするだろう。紗弥加がその立場であったら100%嫉妬する。


「柳井さんは僕のためにいろいろやってくれてたのに、僕だけが楽しそうに過ごしてたら怒りが爆発してしまうのも無理はないですよね……」

「ううん、確かに夢花ちゃんは純くんのために頑張ってたと思うよ。それは私も見てたからすっごくわかる。でも、純くんは純くんで頑張ってたんでしょ? その女の子と話してたのだって、ラブコメのネタになるからだと思ったからだよね」

「そうですけど……」

「だったら、純くんはそのことに対しては気にすることはないと思うよ。純くんがやらなきゃいけないのは何? 次の新人賞に向けて小説を書くことでしょ?」


 純は今まで誰とも交際をしたことがないと言っていた。だから、夢花にラブコメを書くように言われてもネタなんていくつも考えるのは無理がある。


 何故夢花が純にラブコメを書くように勧めたのかは紗弥加にも分からない。けれど、夢花が言うのであれば心配はすることはない。


 小説について誰よりも深く考えているのは夢花だと、紗弥加は確信しているから。


「たかが、1回ケンカしたぐらい気にすることないじゃない。人間誰だってすれ違うことはある。今までが仲良すぎただけなんだよ。お互い気を遣えている状態だったから衝突することはなかっただけ」


 お互い、今は精神的にも追い込まれている時期。誰だって追い込まれていたら他人に気を遣うことなんてできるはずがない。


「でも、純くんは夢花ちゃんとこれからも仲良くしたいんでしょ?」

「それはもちろん」

「だったら、まず自分のやることをしなきゃ」


 ただ謝るだけならば純のことだから簡単にできるだろう。だけど、それでは2人の問題が表面上で解決しただけに過ぎない。


 締め切りまで近づいてきたらまた衝突することがあるかもしれない。夢を諦めなければならなくなる純と、その夢を応援したい夢花。お互いの思いが強かったせいで今回の結果が生じてしまった。


「……柳井さんが納得するような小説を書くこと」

「それが一番いい方法なんじゃないかな」


 小説のことでケンカしてしまったのなら、夢花が認めるような小説を書けばいい。


「ありがとうございます、紗弥加さん」

「いいよ、このぐらい。全然大したことないんだから」

「義父さんの時といい、またケンカのタイミングで相談してしまいました」

「むしろ一番頼ってくれてる感じがしてうれしかったよ。だって、弟よりも先に連絡してくれてるんだから」


 振られたことで、純との関係が悪くなることは紗弥加にとって一番避けなければならない問題だった。けど、その心配は杞憂だったのかもしれない。今も前と変わらず関係が続いているのだから。


「また、いつでも頼ってね」

「この礼は必ずします」

「だったら、一つお願いしてもいい?」

「叶えられる範囲なら」

「純くんの学校、文化祭2日間やるでしょ?」

「はい」

「私2日目純くんたちの文化祭見に行くから、一緒に回ってくれる?」

「……龍樹じゃなくていいですか?」

「ううん、純くんがいいの」

「分かりました。かまいませんよ。ただ、仕事訳はまだ分かってないので何時に自由時間になるか分かりませんが」

「決まったら教えてくれたらいいよ。そしたらその時間に行くから」


 「決まったら連絡しますね」と純の言葉に紗弥加は微笑んだ。高校の文化祭とはいえ、デートみたいなことができることに。


 紗弥加は振られた。これは絶対に変わらない過去。そして純を好きという気持ちも絶対に変わらない。純が“うすいさち”を好きだからといって焦りはしない。


 純が小説家になれば会える可能性が皆無だと思っている“うすいさち”に会える可能性が出てくる。紗弥加の立場からすればそれは避けたいことのはず。


 憧れだからこそ一度会ってしまえば恋に落ちてしまうかもしれない。だけど、紗弥加は何度も背中を押す。何度躓いても純が小説家になれるように。会いたいなら会ってもらっていい。


 決してこれは純のためじゃない。“うすいさち”のことを好きなったとしても、最後に紗弥加のことを純が選んでくれると確信しているから。

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