第24話 別れと後悔

「やっぱり、絵を描くの上手だよね、××ちゃんは」

「えへへ、ありがとう」


 ××と出会ってから1週間が経った。待ち合わせはいつも同じでこの河川敷だ。純は学校が終わるといつもそのままこの場所まで直接来る。


 別にこの場所に来たからといってやることは特にない。××が絵を描いているのを見ながらくだらない話をするだけ。それでも、純にとって楽しいことだった。


「そういえばね、最近学校でも友達出来たんだ」

「良かったじゃん」


 ××は純と話すようになってからあまり人前でも緊張することが少しずつ減っていった。


「その子はね、本を読むのが好きなんだって。今度オススメの本紹介してもらうんだ~」

「本か~、僕は字ばっかの本苦手なんだよね、漫画なら読めるけど」

「漫画もいいけど、小説とか読んでみたら? ハマれば面白いと思うよ。本が読むのが嫌いな子でも好きな本から始めたら読むようになった人もいるみたいだから」

「学校の図書室で、良さそうなの探そうかな」

「それが良いと思うよ」


 こんな風に純は××と話すのがとても楽しかった。絵を真剣に描く姿、楽しそうに話す姿、時々見せる笑顔。それらを見るのが純はとても好きだった。このままずっと××と過ごせたらいいのに、と思ってしまうほどに。だけど、純にはそれが出来ない理由があった。


 母親の再婚が決まったと母からそう告げられた。純も相手の男性とはこの1週間の間に何度か話したりした。とても優しそうな人だという印象があった。この人なら母を幸せにしてくれるだろうというのは子供の純でも何となくは感じていた。だから、再婚すること自体にはなんの反対もなかった。問題は別にある……


 再婚相手の仕事の都合で純たちは来週には違う町に引っ越さなければならなかった。


 龍樹を始めとした小学校の友人たちにはそのことをすでに伝えている。純の口から言わなくとも、担任の先生から伝えられてしまうため、それだったら、親しい友人たちには純の口からちゃんと伝えたかった。


 龍樹は寂しがってはいたものの、他の学校でもがんばれとエールをくれた。純も龍樹と別れるのは辛いかったが、母のために引っ越すことを承諾した。


 だけど、まだ純には1つ問題が残っていた。それは、引っ越すことを××に言えていなかったことだ。


 言わなきゃいけないと分かってはいるもののどうしてもそのことを伝えられなかった。言えば××が寂しがることが分かっていたから。でも、それ以上に純は××とお別れをしたくなかった。もし、引っ越しのことを伝えてしまえば本当に『別れ』というのを強く実感してしまうから。それほど純は××のことを好きになっていた。


 結局、××に引っ越しのことを伝えられないまま、引っ越し前日になってしまった。


「どうしたの、ユキ君?」


 純の表情は少し青ざめていた。


 引っ越しのことを伝えなきゃいけない。そのことはちゃんと分かっている。明日にはこの町を出てしまう。だからこそ、今日言わなければならない。


「体調悪いなら、また今度でもいいよ?」


 帰り支度をしようとスケッチブックをバッグにしまおうとした××の腕を掴んだ。


「ユキ君?」

「あのさ、××ちゃん……」


 (ちゃんと、言わなきゃ引っ越すからもう会えないって……)


「明日……、大事な話があるから10時にここへ来てくれる?」


 言えなかった……。ヘタレな自分に嫌気が差した。でも、やっぱり伝えられない。


「大事な話? まぁいいけど、10時だね?」

「うん」


 純が出発する時刻は11時。それを逃せばもう××に会うことは出来ない。


「大事な話か~、なんだろう楽しみだな」


 良い知らせだと思っているのか××はニコニコ笑った。その顔を見て純はひどく申し訳なさを感じた。良い知らせではなく、悪い知らせをしなくてはならないから。嬉しそうにしている××を見ているのは純はひどくしんどかった。


「じゃあ、また明日ね」


 そう言い残し、純は足早に××の元から去って行った。決して××に涙を見せないように。


 次の日……………………××が待ち合わせの場所に来ることはなかった。


     *


「どう、これが僕の初恋の話」


 話を聞く前までは茶化している二人だったが今は黙りこくっている。


「どうしたの、遥夏?」

「いや、小学生の頃の話だって言ってたから……意外に心に来るものがあって」

「純はその子とそれ以来会ってないのか?」

「そうだね、この町に戻ってきたときは会えるかなって半分期待はしてたんだけど見つからなかった。何年も経っちゃってるからね、しょうがないよ」


 淡い初恋だった。そう思うことにして記憶に蓋をしていた。


「後悔はしてないの?」

「してるか、してないかって言われたらもちろん後悔してるよ。もし、ちゃんと引っ越しのことを伝えていられたらって何度考えたことか」


 その思い出を思い出せば辛くなることが予想出来ていたからだ。


「でも、今は切り替えているつもりだよ。だって僕が今熱を上げてるのは、うすいさち先生だからね」

「そんな純を見習っていいものか悩むな」


 龍樹は心底呆れたようにつぶやいた。


「ねえ、その子の名前って覚えてないの? もしかしたら私たちが知っているかもしれないよ」


 純は記憶の中で互いに名前を教え合ったのは覚えている。だけど、肝心の名前が出てこなかった。


「違う町に行ってからも色々あったからな……」


 初恋の子に別れを言えないまま引っ越したことは純にとって辛い記憶であり、その辛さが安らいだと思ったら母親が病気で亡くなり、ショックで記憶が飛んでもおかしくはなかった。


「一文字くらい思い出せないの?」

「う―――ん」


 その時強い風が外で吹き、窓が揺れた。窓の方を向くと、どこからか飛んできた一枚の花びらが目に入った。


「花……」

「花がどうかしたの?」


 純の頭にある記憶の一場面がかすかに蘇った。


――――――


『私はね絵が上手くなったらいつか『       』になって“雪川花”っていう名前を有名にするよ』

『うん、絶対になれるよ。それでもしちゃんとなることが出来たら僕に……』


――――――


「……雪川花。思い出した。雪川花だ」


 確かに初恋の子は純に向かって“雪川花”という名前を呼んでいた。


「雪川花? ……龍樹聞いたことある?」

「いや、ないな」


 遥夏も龍樹も聞き覚えがない名前だった。


「やっぱり、知らないよね」


 名前は思い出すことはできたものの全く雪川を探す手掛かりは見つからない。


「でもさ、名前だけ思い出せたんだ。それでよかったんじゃないか?」

「そうだね、龍樹たちに話して良かったよ」

「頼りになる親友だろ?」

「それとこれとでは違う気もするけど、うん龍樹は頼りになるよ」


 わざとらしく、差し出してきた龍樹の手を純は握った。初恋の人の名前を思い出した。これで一歩前進かな。


「ねえ……盛り上がってるところ悪いんだだけどさ、私たちが最初話してことから、だいぶズレてない?」

「「あっ」」


 執筆の相談からいつの間にか初恋の人を探すような流れになっていた。恥ずかしくなった二人は慌てて握っていた手を放して頭をポリポリと掻いた。

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