第15話 確かに居た

 入試が終わり帰ろうとしたときに、眼鏡をかけたいかにも教室の陰にいそうな地味な子が龍樹に何か礼を言っていたのを思い出した。


「あの時の地味な子」

「その言い方はひどいと思います。私からすれば、菱村さんも地味だと思うのですが」


 それは否定しない。ラノベやアニメ、Vtuberにがっつりハマっている純は教室でワイワイするより、静かに本などを読んでいたいタイプだからな。


「あれ、綿原だったの?」

「ええ、そうです」

「じゃあ、龍樹を好きになったのっていうのは」

「入試の時、私は龍樹くんに助けてもらったんです」

「それで礼を言ってたのか。ところで龍樹は綿原に何したの? あのあと聞いても教えてくれなかったんだけど」


 「お前に話すと怒られそうだから嫌だ」と龍樹に言われたのを覚えている。いったい何をしたら怒るのか見当もつかなかったので追及はやめていた。


「私、少しドジなところあるじゃないですか?」

「少し……?」


 この夏休みだけでも少しとは言えないぐらいドジなところを見ているのだが。


「入試当日もやらかしちゃったんですよね」

「受験票忘れたとか?」

「そしたら会場にいませんよ。そもそも私でもそこまではやらかしません」


 普通にやりかねないとは思う。会場で母親なりが気づいて持ってくる光景が簡単に浮かぶからな。


「テストがもう少しで始まるとき、鉛筆とかを机に出して準備していたんです。そしたら……」

「そしたら?」

「消しゴムがないことに気づいたんです」

「思いっきりやらかしてるじゃん」


 鉛筆やシャーペンに消しゴムが付いていることもあるが、多くの文字を消すときに使うのはあまり向いていない。ましてや、受験本番だ。マークシートでも記入ずれがあったりしたら消すのに時間がかかる。鉛筆があれば解答を書くことはできるが、間違えられないというプレッシャーが大きくのしかかる。そんな状態で受ければ頭のいい綿原でも不合格になる可能性が大いにあり得る。


「そんな時ですね。私が消しゴムを忘れたことに気づいた龍樹くんが消しゴムを貸してくれたんです。『俺、消しゴム二つ持ってきてるから一つ使っていいよ』って」


 それで怒られるから言いたくないって言ったのか。ギリギリ合格できたから良かったものの、龍樹自身が落ちていたかもしれなかったのに。


「普通考えられます? 受験ですよ。友人は除くとして同じ高校を受けている人は敵なんですよ。その状態で他人に優しくできますか?」

「無理だろうな。人によっては人生がかかっているかもしれないし」


 たかが、高校受験となめられても困る。純たちが通っている高校はこの辺では名門校であり、多くの大学への推薦を受けることができる。つまり、ここに受かるか受からないかで人生が大きく変わる場合もある。


「なのに、龍樹くんは初対面の私に優しくしてくれました」


 純は龍樹に他の人を蹴落とすつもりで受験に臨めと言っていた。しかし、実際は綿原に対し優しくしていたことに何とも言えない気持ちになった。怒るべきなのか、喜ぶべきなのか。あの日に聞いていたら間違いなく純は怒っただろう。ただ、1年以上が経ち龍樹も無事にこの高校へと合格しているし、軽ゴムを貸したことがきっかけで龍樹のことを好きだという人が現れた。これは喜んでいいのだろうか。


「龍樹らしいな」


 結局、龍樹のお人好しはいつになっても変わらないのだろう。母親を亡くしている純を根気強く励ましてくれたように、龍樹はいつだって誰かを助けたいと思っている。


「でも何で、高校デビューしようと思ったの?」


 眼鏡をかけた綿原は、いつものオーラは感じられないがそれでも美人に見える。むしろ、眼鏡をかけたまま龍樹と会えば気づけてもらえたんじゃないだろうか。現に今のところ気づいてもらえてないようだし。


「入試帰りにお礼を言ったときにもう少しお話しようと思ったんです」


 そこで龍樹のことを好きになったのなら当然だな。


「そしたら、龍樹くんのそばにかわいい子がいて」


「ん?」


 (龍樹のそばにいた女子って遥夏だけだよな……)


「龍樹くんはああいった子がタイプなんだろうと思いました。それで、あの子みたいになろうと頑張ってみたんです」

「その子ってひょっとして」

「遥夏ちゃんです。私はあの子のような元気溌剌な子になりたかったんです」

「真似る相手間違えているような」

「ええ、私が間違ってました。眼鏡を辞めてコンタクトにしたまでは良かったんですが、遥夏ちゃんみたいになれず、昔のような感じに戻ってしまいました。結局変わったのは外見だけでした」


 良かった良かった。遥夏みたいなのが2人もいたら今頃大変だったよ。あんな手に負えない子が一人いるだけでも大変なのに。


「勇気を出せずにいたら、笠原君の案で文化祭準備を一緒の班にしてくれると言ってくれたんです」


(陽キャの皆さん文化祭を私物化していませんか?)


「でも、実際は龍樹くん全然来なくて」

「……ごめんね、龍樹じゃなくて僕で」

「いえ、そんなことはないです。菱村さんと話すのは楽しかったですし」


 そんなつもりで言ったんじゃありませんばりに手を振って誤解を解こうとする綿原。


「だから、私文化祭を通じてもっと龍樹くんと仲良くなれたらなって思ってるんです」

「僕も応援するよ。何かあればすぐに相談してほしい」


 ネタ集めのつもりで話を聞いてしまったのが綿原に申し訳なく思っていた。ここまで龍樹のことを本気で好きだとは純も思ってもみなかったからだ。お詫びというのもあれだが、2人のために協力を惜しむつもりはない。ただネタとしては使わせてもらうけど。


「ありがとうございます」

「それとさ、このこと遥夏にも伝えて良いかな。その方が綿原と龍樹を2人きりにさせやすいし」

「ええ、遥夏ちゃんならいいですよ。ではお願いします」

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