3部 何度転ぼうが諦めきれない

第16話 僕には才能がない

 綿原の話をもとにネタを思いついた純は夢花との待ち合わせ時刻までにプロットを完成することができた。時間も余ったので最初の部分だけ原稿を書いてみることにした。プロットだけじゃなくて原稿も読んでもらった方が分かりやすいと思ったからだ。


(自分で言うのもなんだけど、完璧だな)


 今まで夢花に見せてきたものとは段違いに面白いと思える作品の構想を練ることができた。実際に現在進行形で恋をしている綿原の話は参考になるものが多かった。さすがに聞いた話をそのまま書いてしまうと綿原に怒られてしまうため、参考にできるところだけをネタとして使うことにした。


 内容はこうだ。


『主人公、小原真紀こはらまきは昔、高松遼平たかまつりょうへいに命を救われた。助けてもらった当時、遼平の名前は知らず、お礼を言おうと色んな場所を探したが結局見つかることはなかった。しかし数年経ったある日、近くの公園を散歩していると、昔の面影を残したままの遼平を見つける。嬉しさのあまり声をかけるが、遼平は真紀に「君は誰?」と言う。当然名前など教えていないのだからしょうがなと真紀は思ったが、遼平の次の言葉を聞き絶句した。「ねえ、君僕を知ってるの? 僕は一体誰なんだ?」。真紀は昔の恩を返すために遼平の記憶を取り戻すための日々を送ることとなる』


 真紀が命を救われたというのは、綿原が消しゴムを貸してもらい入試を無事に乗り越えたこと。遼平が記憶喪失なのは、綿原のことと入試のことを龍樹がすっかり忘れてしまっているところを参考にした。話を大きく盛るだけで面白そうな展開になったのだ。これなら、夢花からの許可も得られるだろう。


 仕上げたプロットと原稿を持って夢花の家の呼び鈴を鳴らす。事前に行く時間は伝えてあるため、いつもならすぐに出迎えてくれる。しかし、今日はすぐに扉が開くことはなかった。どこかへ出掛けたのかと思い夢花に電話を掛けようとしたとき扉が開いた。


「すみません、お待たせしました。先輩、どうぞ上がって下さい」

「…………柳井さん、大丈夫?」


 夢花の顔はひどくやつれた顔だった。いつも笑顔で出迎えてくれる夢花と違い、険しい顔でダルそうに頭を押さえている。


 今日のところは帰って後日にしようかと提案したが、夢花はこれを受けず、「いえ、大丈夫です」と純を家に招き入れた。


「それで、持ってきたんですか?」

「……うん、これだよ」

「もらいます」


 いつもの優しい夢花ではなく、どこか怒りが混じったような感じがした。もしかして機嫌が悪いのだろうか。いつもは手入れをしているはずの髪も寝ぐせのようなものがはねていたりと、先ほどまで寝ていたことが窺われる。今日のところはさっさと許可だけもらって早く帰ろうと思った。


「どうかな? この作品今までで一番自信があるんだけど」


 夢花の表情はとても硬いものだった。何かを毛嫌いしているようなそんな顔。


「先輩、やる気ありますか?」

「あるけど?」

「だったら、なんでこんなものが書けるんですか」


 今まで聞いたこともない夢花の怒号が部屋に響いた。


「どういうこと?」

「先輩、あと2か月もないの分かってますか? こんなんじゃ絶対に一次審査を通過することはないですよ」


 何故突然キレたのかは分からないが、夢花が怒るところは一度も見たことがない純は驚いてしまった。


「どこがダメなの?」

「確かに構想は面白いと思います。プロットだけ見れば私はOK出したと思います」

「ならどうして」

「問題はこっちです」


 夢花は先ほどまで読んでいた原稿を指さす。それは純がプロットを元に書いたもの。プロットはOKを貰えて原稿が問題と言われるのが純には理解が及ばなかった。


「作品を活かしきれてないんですよ。先輩の小説の書き方では入賞は夢のまた夢です。一体何をしていたんですか?」


 純の頭に理不尽という言葉が横切った。プロットの出来が悪いなら純も夢花の言葉をすんなり受け入れただろう。けれど、原稿をダメ出しだけにこんなに怒っていることに納得がいかなかった。


 夢花にプロットを見せるようになってから、原稿を見せたのは初めてだったからだ。当然どんな風に書いた方が良いなんて言われてもいない。何故言われてもない先のことで怒られるのか、訳が分からなかった。


「私言いましたよね。先輩は自分の視点で書いてくださいって。この原稿読んだのに頭に全然入ってこないですよ。先輩がさも他人の出来事のような書き方をしているから。これじゃあ、2人の間に起きた出来事を年表だけで見てるみたいです」


 そういえばと、一か月前に夢花に言われたことを思い出す。『先輩は自分の出来事のように書いてください』。


(あれは、そういうことだったんだ……)


 今の今まで忘れていた。自分の書く小説は全部他人の出来事を書いているだけと純は考えていた。結局のところそれはフィクションであり、物語の世界で生み出されたキャラクターたちの出来事なのだからと。


「先輩、全然私の言うことを聞いてないじゃないですか。本当にやる気あるんですか? プロットだって本当ならもっとたくさん書いてくださいって言いましたよね」


 夏休み前までは毎日とまではいかなくても2日に1回は出すようにしていた。夏休みもそのペースでやるようにと言われたが、純は守れなかった。


「それは、文化祭の手伝いもしないといけなかったし、それにネタなんてすぐに集まるわけがない」

「やる気がないんじゃないですか」

「なんでそういうことを」


 純も決してやる気がないわけじゃなかった。文化祭の準備には時間が割かれてもプロットのことはしっかりとまじめにやっていた。ただ、純自身納得がいかなかったものが多かったために夢花に見せていなかっただけだ。


「だって、小説家を本気で目指している人がのんきに文化祭の準備をしている暇がありますか? ないですよね。だって先輩全然上達していないじゃないですか。構想は面白いとは言いましたけど、まだまだ全然甘いんですよ。言っときますけど、このプロットを活かせたとしても入賞なんてできませんからね」


 さすがの純もカチンときた。なんで頑張っているのにこんなに怒られなければならないんだと。


「上達していないのは事実だから認める。だけど、文化祭の手伝いをするのもいけないのか? 僕はまだ高校生だよ。高校生が学校行事をしちゃいけないなんてあるわけがない。柳井さんだって文化祭の準備だってしてるんでしょ。それなのに、僕だけに言うなんて」

「普通の学生なら私も言いません。先輩は違うでしょ? 夢があるんでしょ。だったら死ぬ気でやらないといけないんです。それに私だって準備に参加したいですよ。だけど私は参加してません」


 参加したいのに参加していない。何故夢花がそんなことを言うのかわからなかった。夢花は今月の柳井書店のシフトにほとんど入っていない。その理由は文化祭の準備が忙しいからだと思っていた。なのに、参加していないというのなら夢花は一体何をしているのか。


「こっちはいそがしいのに、先輩のことまでやってるんですよ。それなのに先輩は今日も楽しそうに女の先輩と話して」

「女の先輩……?」

「そうですよ。私見たんですよ。美人の人連れて歩いているの」

「いや、あれは違う」


 美人の女性というのは綿原のことだろう。楽しく話していたのは龍樹とのことを話していたわけなのに。


「……嫉妬?」


 ふと口から漏れてしまい、慌てて口を押えたがすでに遅く、夢花は『ブチッ』とキレた。


「先輩なんてもう知りません。勝手に一人でやって落ちちゃえばいいんです。出て行ってください」


(追い出された……)


 自分が悪いというのは純も分かっていた。純は楽しそうに文化祭準備に参加しているのに、純の小説家への夢が夢花に負担をかけていたことが爆発してしまったのだろう。まさか文化祭に参加できないほど忙しかったなんて予想もしなかったかった。


 そうとはいえ、全く上達していないと言われカチンときたのも本音だ。いくら、好意で小説家の手伝いをしてくれてるとはいえ、たかが本屋の娘があそこまで言ってきたのはイラっとしたのは事実だ。夢花一人の評価でなんでここまで厳しく言われるんだと。


 ただ、それでも夢花には申し訳がないという気持ちが勝る。謝りたいとは思ったが、上達していないと認めるようなものなので謝れなかった。純の心にモヤモヤがすごく残った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る