第13話 どこからそんな噂が……
月日というものは流れるのが早い。期末試験を乗り越えたと思ったら、義父に小説家を目指していることがバレ、次の新人賞で運命が決まる。
夢花が協力してくれることになったが、未だにプロットの段階で没を食らい続けている。どこかの厳しい編集者かってつっこみたくもなるけど、我慢だ。それに加え文化祭の準備ときた。
こんなに濃厚な1か月を送ったはずなのに、時間が過ぎるのはあっという間に感じる。今はもう8月だ。
文化祭準備というのは意外に時間がかかるものだ。始業式の2日後に文化祭があるというのも原因だが、一番の理由は準備を手伝いに来てくれる人数の圧倒的少なさによるものだった。
夏休みには授業は行われないものの、希望者が受けられる講習があったり、大会が近いことを理由にあ部活動に力を入れている人が多い。純はアルバイトはしているが部活動には所属していないのでアルバイトがない時間には文化祭準備を手伝いに来ている。
遥夏は夏休み前に言っていた通り、アニメキャラのオーディションを受けに行っていてこちらに顔を出せていない。遥夏が演じるキャラはどのアニメでも魅力的であり、純も遥夏が演じたキャラは好きなのでぜひとも頑張ってほしい。
龍樹はというと、今頃必死に追試を受けているころだろう。龍樹は期末テストで理系科目の赤点を取ってしまったために夏休みは補習に参加させられている。何度か補習で行われる追試試験で一定の点数を取れば夏休み全部を消費せずに途中で補習を辞めることができる。龍樹のことだからもう少しかかるだろうな。
龍樹は遥夏ほどではないが順位が学年で下位に位置している。その理由は文系科目は比較的高得点をとれるものの、理系教科が壊滅的であった。小学校のころから算数と理科が苦手でそれが今も克服できずにいた。受験の時は本当に苦労したのを覚えている。
純は学費が免除となるこの高校を受けることは決まっていたが、龍樹も中学3年になって同じ高校を受けると言い出したからだ。理由は純も受けることを知ったからであるが、一番の理由は姉と同じ学校に通いたかったらしい。
龍樹の姉の紗弥加もこの高校に通っていた。純たちが高校1年生になったときには大学1年生になるわけだが。それで結局、純が受験勉強を見ることになり最下位通過ではあったものの見事合格することはできた。
遥夏も純と龍樹が受けると知り、純に勉強を見てもらうことで合格することができた。遥夏に対し馬鹿とは言っているが、暗記力は純にも勝る。そこは声優の仕事で培った力だろう。要点をまとめてあげるだけで、点数は飛躍的に伸びていった。
遥夏も補習の候補筆頭であったみたいだったが、見事ぎりぎりで回避した。補習を受けることになっていたらオーディションにも参加できなくなるからそこは遥夏にとって必死だった。それは純にも困るので龍樹には内緒で勉強を見てあげていた。遥夏が赤点を取っていないと知ると、龍樹は「うらぎりもの~」と言って悔しがっていた。
とまぁ、このような背景があって純のクラスの文化祭準備は一部のメンバーで行われているというわけだ。
「菱村さん、おはようございます。今日も早いですね」
「ううん、ちょうど今来たところだよ」
今日はこの後夢花と会う約束をしている。いつものプロットを見せるという約束。ただ、まだ今日見せる予定のプロットは完成していない。いや、そもそもアイデアすら思いついていないから書きようがない。
夢花との約束の時刻は3時だから、文化祭準備を12時には切り上げてプロットをやれば問題なく間に合うだろう。
「笠原くんたちは部活で来れないみたいです」
「こっちもだ。龍樹も遥夏も来れない」
「……そうなんですか、じゃあ今日は2人だけになりそうですね」
先ほどまで気合の入った表情だったが、遥夏たちが来れないと知ると一瞬だが綿原が落ち込んだように見えた。男と二人同士だと少し気まずいのだろうか。
「時間ももったいないし、さっさとやるか」
そんな不安を聞くわけにもいかず、純は誤魔化すように作業を始めた。
ここ最近綿原と話す機会も増え、彼女がどういった子なのかを少しずつ理解できてきた。冷静で大人しい性格なのは以前からの印象と全く変わらないが、結構抜け目のある女の子だということは分かった。ドジすることが多く、今も何もないところで転んでいる。
「イタタタタッ」
「大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
どこかのお嬢様のような綿原に対し純は最初は美人だとは思っても、綿原のことを好いている人たちのように好意を抱くことはなかった。別の世界に住む人間のように見えて仕方がなかったからだ。
だが、文化祭準備で接していくうちに、『綿原』という人間の印象が崩れたことで、純は綿原を恋愛的な好意を抱くことは今でもないが、友人的な意味で綿原に好意を持ち始めていた。
「龍樹くん、追試受かりますかね?」
「半々ってところだと思う。アイツだいぶのみ込みが遅いから下手すればずっと夏休みの間補習を受けているかも」
「それはかわいそうですね」
「まあ、こればっかりはしょうがないかな」
「菱村さんは勉強を見てあげないんですか?」
「時々見てあげてるけど、アイツに教えるの難しいんだ。遥夏に教えている方がよっぽどマシかな」
「そんなにひどいんですか?」
「綿原さんも龍樹の勉強教えたら分かるよ。今度見てあげたら?」
綿原は学年で上位5位の常連で、一度だけ純も点数で負けかけたことがあった。あの時は違うクラスで面識はなかった頃だけど。
彼氏持ちである綿原が龍樹の勉強を見てあげることはないことは分かっているが、冗談半分で言ってみた。100%断るだろうと思っていたから。
「えっ……、良いんですか?」
純と綿原の間に微妙な空気感が流れる。何この反応。純が期待していた反応は「遠慮しておきます」「機会があれば」みたいな返答だった。それが、なんとも言えない返答だったので純は困惑した。
「綿原さんが見てくれるのなら僕も助かるんだけど」
「じゃあ、次の中間テスト私が教えてもいいですか?」
あれ? 聞いていた話と違う。と純はそう思った。
「それは龍樹に聞いてみないとな」
「そうでしたね」
最近綿原の態度からひょっとしてとは思っていたが、まさかそんなことはありえるのか。龍樹は綿原と笠原が最近付き合いだしたって言ってたけど、綿原の態度を見るにそうは思えなかった。綿原と笠原は確かにお似合いだと純も思っていただけに、頭の中で組み合わさっていく式を紐解いていくと出た答えにに驚きしかなかった。
「こんなことを聞くのもあれなんだけど、綿原さんって笠原君と付き合ってるんじゃ?」
「ん? 何のことですか? 私誰とも付き合ったことないですけど」
「え?」
「ですから、私、笠原君と付き合っていませんけど」
「あれ? そうなの?」
「どこでそんな話を……」
龍樹が言っていたのはなんだったのだろうか。
「いや、風のうわさで聞いた」
自分たちにとって高嶺の花である綿原が笠原といつも一緒にいるから勝手に結びつけた人がいたんだろうな。想像して勝手に諦めているやつもいるのかもしれないのか、純は心の中で笑った。自分と釣り合わないと思うと違う現実を想像して落ち込む。……ネタに使えそうだなと純はちょっとワクワクした。
「もしかしたら、この前笠原くんが好きな子にあげるプレゼントを悩んでてそれを選びに一緒に行ったところを見られてたからですかね」
笠原の好きな人という部分に興味が湧いたものの誰のことかは話してはくれないだろう。
「あの……龍樹くんもそのうわさ信じてたりするんですか?」
(信じているだろうな。僕に言ってきたぐらいだし)
純は綿原の顔色を窺いながらコクリと頷いた。綿原の顔といったらなんとも言えないものになっていた。動揺、悲観の2つが混じったような顔になっていて、純は声をかけるのも憚られた。
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