第12話 トキワ座の幻影 ~cinq~



「あれ?あれあれあれ?噂の南雲先輩じゃあないですか!」


俺が顔を上げると、この誰もいない喫煙所に来訪者が一人現れたようだった。



「升田くん、君か…」



「おや?なんだかガッカリしてません?」



「……そんなわけ無いだろ?座りなよ隣」



「じゃ、失礼して」


ヨッコラショと呟きながら、升田くんは俺の隣に腰かけた。

暫し沈黙が訪れたが、やはりと云うか、沈黙を破ったのは升田くんの方だった。



「……頭割られたのに、まだ足繁くトキワ座に通ってるみたいですね」



「ん?…あぁ、まあね。

 もう舞台の台詞もバッチリ全員分暗唱出来るくらいだよ」



「…南戸さんを紹介したのは僕です。なのでこんな事を言うのは筋違いかもしれませんが……手を引いた方がいいです」



「手を引く……ねぇ」

俺はくゆらせていたタバコを灰皿に放り、新しいタバコを取り出して火をつけた。



「あのトキワ座、ちょっと調べてみたら度々こういう事が起こるから幻影ミステリオなんてものが出来たらしいんですよ。

 逆に言えば、幻影ミステリオの噂にかこつけてこういう事をする人間がいるんです。キナ臭いですよ」



「ま、キナ臭いのは間違いない」



「セットが崩れたのも、人為的なものなんでしょう?」



「きっとそうね、でも証拠がない。

 急いで退院してトキワ座に向かったけど、手掛かりの“て”の字も無かったぜ」



「なら……!」



「だからこそ尚更手は引けない。俺が今手を引いたら南戸さんは確実に襲われる。

 それにセットが崩れてから、もう三週間は経つけど何も起きていない。きっと、俺が目を光らせてるから幻影ミステリオも動けないんだよ」




「………惚れたんですか?」




俺は一瞬言葉に詰まったが「バカ言うな、俺は彼女持ちだよ?」と言って笑った。治りかけた後頭部のキズがズキッと疼いた気がした。



「南戸さんは中々美人ですし、それに胸も大きい」



「いや、だから違うって」



「……南雲先輩、僕と多原は何があっても先輩の味方ですからね?例え森さんから南戸さんに乗り換える事で、周りから毛虫の様に嫌われても」



「はぁ……あのねぁ升田くん…」



「ま、あのおぼこ娘森さんを気にかける理由もわかりますがね」



「……」

升田くんは大人だから、気を遣って言葉を選んでくれていた。多原だったらこうはいかないだろうなと俺は思った。



「下手したら死ぬとこだったんですよ!南雲先輩は自棄になっています!“夜光怪人あの事件”から……」



暫し沈黙が訪れた。升田くんは「すいません…」と呟いてまた黙ってしまった。



「わかってるよ。それにあと2日で本公演が始まる。そしたら落ち着くさ」



「……忠告しましたよ南雲先輩。

 僕も、二人しかいない親友を失いたくないんですわ」


そう言って、升田くんは喫煙所去った。

そして俺も、2本目のタバコを灰皿に投げ捨てて歩をトキワ座に進めた。





事件は翌日、本公演の前日に再び起きた。

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東雲南雲の事件簿 ジョンガリア @jongali

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