第12話 トキワ座の幻影 ~cinq~
「あれ?あれあれあれ?噂の南雲先輩じゃあないですか!」
俺が顔を上げると、この誰もいない喫煙所に来訪者が一人現れたようだった。
「升田くん、君か…」
「おや?なんだかガッカリしてません?」
「……そんなわけ無いだろ?座りなよ隣」
「じゃ、失礼して」
ヨッコラショと呟きながら、升田くんは俺の隣に腰かけた。
暫し沈黙が訪れたが、やはりと云うか、沈黙を破ったのは升田くんの方だった。
「……頭割られたのに、まだ足繁くトキワ座に通ってるみたいですね」
「ん?…あぁ、まあね。
もう舞台の台詞もバッチリ全員分暗唱出来るくらいだよ」
「…南戸さんを紹介したのは僕です。なのでこんな事を言うのは筋違いかもしれませんが……手を引いた方がいいです」
「手を引く……ねぇ」
俺は
「あのトキワ座、ちょっと調べてみたら度々こういう事が起こるから
逆に言えば、
「ま、キナ臭いのは間違いない」
「セットが崩れたのも、人為的なものなんでしょう?」
「きっとそうね、でも証拠がない。
急いで退院してトキワ座に向かったけど、手掛かりの“て”の字も無かったぜ」
「なら……!」
「だからこそ尚更手は引けない。俺が今手を引いたら南戸さんは確実に襲われる。
それにセットが崩れてから、もう三週間は経つけど何も起きていない。きっと、俺が目を光らせてるから
「………惚れたんですか?」
俺は一瞬言葉に詰まったが「バカ言うな、俺は彼女持ちだよ?」と言って笑った。治りかけた後頭部のキズがズキッと疼いた気がした。
「南戸さんは中々美人ですし、それに胸も大きい」
「いや、だから違うって」
「……南雲先輩、僕と多原は何があっても先輩の味方ですからね?例え森さんから南戸さんに乗り換える事で、周りから毛虫の様に嫌われても」
「はぁ……あのねぁ升田くん…」
「ま、あの
「……」
升田くんは大人だから、気を遣って言葉を選んでくれていた。多原だったらこうはいかないだろうなと俺は思った。
「下手したら死ぬとこだったんですよ!南雲先輩は自棄になっています!“
暫し沈黙が訪れた。升田くんは「すいません…」と呟いてまた黙ってしまった。
「わかってるよ。それにあと2日で本公演が始まる。そしたら落ち着くさ」
「……忠告しましたよ南雲先輩。
僕も、二人しかいない親友を失いたくないんですわ」
そう言って、升田くんは喫煙所去った。
そして俺も、2本目のタバコを灰皿に投げ捨てて歩をトキワ座に進めた。
事件は翌日、本公演の前日に再び起きた。
東雲南雲の事件簿 ジョンガリア @jongali
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