第11話 トキワ座の幻影 ~quatre~


栗栖さんには脅迫状の事は伏せて「最近周りで何か不振な事が起こらなかったか?」的な事を聞いたが、有力な情報は得られなかった。


確かに、栗栖さんはまだ入学して2ヶ月と少しの娘っ子のうえ、舞台デビューもまだだと言うんじゃ心当たりも起きそうに無い。

でもまぁ、栗栖さんは普通に美人だから一目惚れしたストーカー辺りの犯行かな…目立ってる栗栖さんが気に入らないっていう内部の人間が犯人なら、わざわざ主役に据えろとは言わないだろうし…



「そんじゃ、通し稽古始めるぞ!」


サークル長兼監督の白江くんの声が練習場に響き、演劇サークルの面々は真剣な顔になった。

俺は一旦思考に区切りをつけて、純文サークルの人間のふりをしてリハーサルを見る事にした。






美禰子「………ねぇ、“迷子”って、アメリカではなんと言うのかご存知?」


劇の最初の台詞は南戸さんだった。






レッスン中の南戸さんは、信じられないくらい色気が無かった。

パジャマみたいなレッスン着とボロボロの(しかも生意気にも最近発売された“Santa Monica”2010年最新モデルの)シューズに身を包んだ南戸さんは、完全に干物女といった出で立ちだった。



しかし、劇の内容は控え目にいって凄く面白かった。夏目漱石の三四郎を読んだことが無い俺でさえ楽しめるくらいに。



許嫁の野々宮教授よりも三四郎を愛してしまった美禰子。

自尊心の高さから愛してもいない美禰子を手放そうとしない野々宮。

そして勉強一筋だったが故に、自身の美禰子に対する気持ちを自覚し得ない三四郎。


三角関係にマイナーチェンジされた物語は見事に現代風にリメイクされていて、明治の恋愛観を表現した原作を踏襲しつつ、平成現代の恋愛観を如実に表す素晴らしい内容であった。

そして、独占欲が先走る野々宮のシーンで事件は起きた。



野々宮「私と暮らせ、さもなければ三四郎くんの居場所は帝国大学に無くなる」



野々宮役の扇田くんの台詞の後、練習場にあった簡易セットがゆらりと揺れると、南戸さんに向かって倒れ始めた。


南戸さんは声も出せず、ただただ驚愕の表情を浮かべて自分に向かってくるセットを見ていた。



セットが倒れるのとほぼ同時に、俺は椅子から飛び上がる様に立ち上がり、駆け寄った南戸さんを押し倒して覆い被さった。


木製の外観セットやセットを組むための足場用の鉄パイプなどが俺の背面を強く打った。



「きゃーーーーー!!!」



誰かが悲鳴をあげていた。

その悲鳴の正体は、セットの山の隙間からこぼれ出た俺の血を見た栗栖さんのモノだと知ったのは、この瓦礫の山から抜け出した後だった。



「しの……南雲くん!!」


南戸さんは驚愕の声をあげていた。

俺は、痛みで声すらあげられなかった。



「南雲くん!!大丈夫か!?おい!退かすから手を貸してくれ!!」

白江くん、扇田くん、春浦くんらが先導して後輩に呼び掛け、マンパワーを使って俺を救い出してくれた。



「南雲くん、血が……!!」

俺の割れた後頭部から流れる血を、南戸さんは手で押さえつけてくれた。


「よせ、服に付いちゃうぜ」


「そんなんいいから!!早く救急車!!」

南戸さんは悲鳴のような声をあげていたので、俺は黙るしかなかった。


そして救急車に乗せられ、俺は刻磐協同病院へ救急で運ばれた。



セットに押し潰された事は黙っていた。

ここで演劇サークルに不祥事が起きたら、きっと公演は中止になるからだ。



トキワ座にいる時は気づかなかったが、外は雨が降っていた。

レントゲンをとった俺は大事をとって1日入院することにしたが、病室の窓から雨を見ていた。


なんだか、不吉な予感を禁じ得なかった。

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