第9話 トキワ座の幻影 ~deux~
注文したチョコレートサンデーを食べながら南戸さんに聞いた話を軽く整理すると、演劇サークルの次の公演のヒロインを変えろという脅迫状が届き、現ヒロインが度々嫌がらせを受けているとの事だった。
そして、その現ヒロインっていうのが……
「私ってわけ!」
南戸さんは自信満々にそう答えた。
「ほら!私ってとっても美人じゃない?だから私は一回生の頃から常にヒロインを演じてきた、今回もそうなの!」
「へぇ……」
ペラペラペラペラと…少し辟易していた俺はチョコレートサンデーの下の方に入っているコーンフレークを掘り出して食べた。ザクザクとした食感が楽しい。
「………東雲さん、そんな気のない返事しか出来ないから貴方はモテないのよ?」
「失敬だな!俺だって彼女くらいおるわい!!」
「可哀想に…妄想と現実の区別がつかなくなってるのね…」
「……屋上へ行こうぜ
ひさしぶりに………キレちまったよ…」
「怖っ!ならどんな子か教えてみなさいよ」
「後輩。だいたい二ヶ月くらい前から付き合ってる。前まではケバケバしい茶髪の長髪だったけど、今は黒染めしてショートボブになってる。タヌキ顔で世話焼き。身長は165㎝で升田くんより大きい。体重を聞いたら張り手された事がある。そしてその直後くらいから駅前のピラティス教室に通い始めた。最近は日に日に束縛が激しくなってきてる上に、護身術の習い事も二ヶ月くらい続いてるから迂闊に抵抗も出来ない」
「怖っ!そんな早口で言わないでよ!」
「…まぁ正直、上手くはいってないよ」
「そうなんだ……もうキスした?」
「してない」
「………東雲さんって童貞?」
「………………………………違うけど?」
「ヤらせたげよっか?」
「是非!!」
「嘘だよバーカ、やっぱ童貞じゃんか」
「あーあ!!泣いちゃおっかなァ!!!」
「キショ!」
南戸さんはそう言って楽しそうにケラケラ笑った。既にキスの向こう側に到達してる人間は独特の余裕があって苦手だ……
「それで、
「その彼女さんは2ヶ月経ってるのにキスもさせてくれないの?」
「いい加減にしないと喉を指でピンだよ?」俺は中指を親指で張り詰めて南戸さんの方へ向けた。
「ハイハイ」
南戸さんは俺をいなして小さなポーチをゴソゴソしだした。
そして、ポーチから取り出した厚手の紙を一枚俺に渡してきた。
「脅迫状?」
「そう」
「えーっと……み…み……これなんて読むの?」
「
今回の劇は夏目漱石の“三四郎”を現代風にリメイクしたものを演じるの」
「ミネコか、なるほど……えーっと?」
『
さもなくば公演は血に濡れ、大いなる悲劇が君らの上に覆い被さるだろう
「…あほくさ」
俺は脅迫状を放り、机の上を滑らせた。
「でも現に可愛い私が既に被害に遭ってるのは事実よ?」
「へぇ、可愛い君に被害を
「とびきり可愛い私の台本をズタズタにしたり、夜に後をつけられたりかな?
使いかけのリップや飲みかけの水を盗まれたりしたこともあったわね、後は根も葉もない中傷のビラが練習場に貼られてた事もあったわ」
「……なるほど」
「でも私は降りない。こんなのに反応してたら、嫌がらせしてくる変態を喜ばせるだけだしね」
「言うと思ったよ」
「改めて依頼するわ、東雲さん。
“トキワ座の
「了解した!俺に任せろ!
なかなか、面白くなってきた…!」
俺はそう言って思わず笑った。そして立ち上がって抜き取ったレシートをレジまで持っていった。
「あら?奢ってくれるの?」
少し遅れて南戸さんがついてきた。
「構わんぜ、なんせ地ビールがかかってるからな。手早く片付けて乾杯と洒落込もうや」
「…え?私を誘ってるんですか?彼氏いますし普通に無理です」
「急に敬語に戻るのやめてくんない?別にそういう意味じゃないから…ってか、その微生研の彼氏クンに頼みゃあいいんじゃないの?」
俺は会計を済ませながらそう言った。
「え?私のダァは肉体派じゃないし、普通に無理ですけど?」
「中学生のヤンキーカップルじゃないんだから、
つい語気が荒くなってしまった。
そして会計を済ませた俺たちは再びジメッとした6月の外気に晒された。
「それに、東雲さんじゃないけど私とカレも最近ちょっと倦怠期なのよね…」
「へぇ……」
「あ、今ワンチャンあるって思った?」
「いいえ?でも心情的に
そう言って俺が茶化すと、南戸さんはキャハハと笑った。
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