第8話 トキワ座の幻影 ~un~


幻影ミステリオ?」

俺は思わず間抜けな声を出していた。


「そう、スペイン語で神秘とか謎の人を意味する“mysterio”が語源らしいわ」

南戸さんは歩く速度を落とさずにそう告げた。


「気取ってんなぁ…」


「皆、自分は知的で面白いって思われたい歳なのよ…あ、ここ曲がるわよ!」

俺たちは刻磐駅から西に300m先にあるモールの入り口に着いた所だった。


「このモールの終わりの十字路に、私たちが借りてるトキワ座があるのよ」

そう言って、南戸さんはまた歩き始めた。


「トキワ座………あぁ、あれか!思い出したよ!

 確か一階に喫茶店があって二階が映画館の古い建物だろ?」


「そうそう!

 実はね、そこの三階は演芸劇場になってて、四階は練習場になってるの!

 土日は毎週バレエ教室が使ってるから、私たちが練習場を借りれるのは平日のみってことになるわ」


「そうなんだ!一回生の頃はよく映画を観に行ったけど、三階より上がウチの大学と提携してるとは知らなかったよ。でも一階の喫茶店のチョコレートサンデーが旨いのは知ってるぜ!映画の前に、ケロロ軍曹を読みながらよく涼んでたわ」


「え?東雲さんって今話題のオタクってヤツだったの?」


「どこでそう判断したのかな?後学のために教えてよ」


「涼んでたってことは夏だし、二人で来てたら漫画なんて読まないでしょ?だから夏休みに映画を一人で見てる。オタクじゃん」


「……名推理だな探偵さんよ」


「てことは図星なんですね、ちょっとキモいです。」


「……さよな「地ビール」

俺が“さよなら”と言う前に、人質に取られた地ビールアル・カポネで封殺されてしまった。


そうこうしてるうちに、俺たちはトキワ座に着いた。


「せっかくだし、チョコレートサンデーでも食べながら詳しく話聞かせてよ。その“トキワ座の幻影ミステリオ”についてさ」


「いいわね、じゃあ入りましょうか」

南戸さんはそう言って一階の喫茶店“イタリアンカフェ・ドッピオ”に入った。



俺は後に続いて入る時に、トキワ座外壁に貼られていた映画のポスターを見た。

今上映されているものらしく、俺の好きなトム・ハンクス主演のモノが特に目を引いた。


半身が天使、半身が悪魔の不気味な像に思わずゾッとしたが、不吉な予感は気のせいだと思い、空調の効いた店内に入った。

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