第6話 桜梅荘の蜥蜴人間 エピローグ




蜥蜴人間リザードマンの事件は地方新聞などでも取り上げられるほど大々的に報じられた。


当大学でも最もホットな話題になり、大学側の火消しとは裏腹に、俺は何度目かの時の人となっていた。




「あれ?あれあれあれ?噂の南雲先輩じゃあないですか!」


軽薄、小さめな身長(165㎝はあるらしい)、小太り、しかし清潔感があるお洒落パーマとよく整えられた口髭と顎髭が特徴的な男が、喫煙所にボッチでいる俺に近付いてきた。



「回れ右だ、升田くん。ここは未成年立ち入り禁止だぜ」



「南雲先輩、僕4月生まれなんでこの間二十歳になりましたぜ」

ヨッコイショ…と言いながら升田くんは俺の隣に座った来た




「あれ?そうなの?」



「ええ、これでお酒が飲めるってもんですよ!」



「そっか、誕生日おめでとう。タバコ、吸ってみるかい?」



「いえ、結構です!それより、森さんがまた僕のところ来ましたよ。南雲先輩に避けられてるって」



俺が何も返さなかったので、辺りは暫し沈黙に包まれた。

俺はフーッと息をついて煙を吐き出し、短くなったタバコで次のタバコに火をつけた。



「……小畑先輩、退校処分ですってね」

沈黙を裂くように、升田くんはそう告げた。



「ま、当然だろ」



「僕の意見はその反対です。

 高橋先輩が小畑先輩の元カレと付き合ってるのは間違いないですし、南雲先輩から聞かせてもらった録音を聞く限り、情状酌量の余地はあったんじゃないでしょうか?

 高橋先輩に小畑先輩がずっと養分にされてきたなら、この処遇は可哀想だと思います。」



二個歳上の俺にここまでハッキリとモノを言える所が、俺が升田くんを気に入っている点の一つだった。



「南雲先輩、証拠はあなたの録音だけだったんでしょう?」



「ああ、ビニール袋もロープの血のついた部分も燃やされてたらしいし、小石からも指紋は検出されなかった。

 全く、素晴らしく鮮やかだよ」



「だったら、南雲先輩は録音を提出すべきではありませんでした。

 そりゃ確かに、人に危害を加える行為は絶対にダメですが、さっきも言ったように、これでは小畑先輩があまりにも不憫でなりません。

 僕ら学生にとって退校処分は死刑と同義です。

 小畑先輩のバックボーンから考えて、弱者の僅かばかりの反撃の反省を促すだけではダメだったんでしょうか?」



「いや、ダメだね。」



「南雲先輩……!」



「升田くん、君は勘違いしてるぜ。

 小畑さんは間違い無く蜥蜴人間バケモノだった。見た目ではなく心がね」



「……どういうことです?」



「桜梅荘の外壁は、彼女のの跡で一杯だった」



「練習…ですか?」



蜥蜴人間リザードマンは小畑さんが産み出した悪意そのものって事だよ」



「どういうことです?」



「砕いて話すと、高橋さんが付き合ったのは去年のクリスマス。これは蜥蜴人間リザードマンの噂の出始めと大体合致する。そこから1月2月3月の3ヶ月…そして4月のこの間、彼女はついに決行した。

 小畑さんはクリスマスから既に今回の計画を練っていて、それから夜な夜なずっと練習してたんだ。

その証拠に、桜梅荘の外壁には苔だかカビだかが剥がれた箇所が多数見受けられた。きっと、同じ重さの重りをつけて狙った場所に当てる練習をしてたんだろうね。それで蜥蜴人間リザードマンの噂が出来上がったんだ。

 つまり小畑さんは、高橋さんを壊す練習をずっと前から執念深く、執拗に繰り返してたんだ。

そして、トライ&エラーを繰り返してコントロールが百発百中になった頃に……ね?

 …正直、彼女はマトモじゃないよ。」



「そんな……でもそれは、南雲先輩の想像じゃないんですか?」



「どうかな?録音にも吹き込まれてた通り、俺は彼女に誘惑された。

 もし、元カレへの横恋慕が今回の事件の肝ならきっとそんな事はしない。」



「…つまり?」



「元カレが高橋さんの元へ行ったことでプライドを傷つけられた小畑さんが高橋さんの顔を傷つけ、きっと傷物の高橋さんを捨てて自分の元へ戻ってくるであろう元カレと寄りを戻す。

 あるいは、その元カレさえ襲うつもりだったのかも」



「そんな…でも、やっぱりそれは想像の域を出てませんよ!」



「かもな、でも辻褄は合う。

 それに、追い詰められた彼女の手段を選ばない様を俺は見てる」



「…なるほど」

升田くんは少し困惑した様子だったが、やがて「南雲先輩って、友達いないでしょう」と冗談めかして言った。



「アホ抜かせ!友達くらいいるわ!えーっと……」

そう言って俺は右手の親指と人差し指を折ったが、3本目からは詰まってしまった。



「二人って…」



「……認めるよ、俺は友達が少ない。

 升田くんと、あとは多原くらいしか思いつかないや」



「……松屋でも行きません?僕奢りますよ」



「すまん、ありがとう」



「にしても、後輩二人しか挙がらないってなかなかヤバいっすね…そんなんだから三回生でダブっちゃうんすよ!

 ……あ、そういや多原のヤツがもうそろそろカンボジア旅行から戻ってくるそうですよ?」



「へぇ!ならまた三人でツルめるな!

 今日は前哨戦だ、松屋行ったら俺ん家で呑もうぜ!」



俺たちは喫煙所から出て駅前に向かうことにした。

しかし、すぐに行く手を阻まれてしまった。



「南雲先輩、今日の呑みは中止っぽいっすね」

だいたい10m先で俺を睨む女生徒を見て、升田くんはニヤニヤ笑っていた



「……あの子もさっきまでの升田くんと同じ意見なんだ。でも、彼女に全てを話す気にはなれない…」



「だからって避ける事はないでしょう?それに、あの子は先輩が思うほど子供じゃない。

 だから、さっさと怒られてきて下さいよ。そして、いつか四人で呑みましょうや!」




俺は言葉に詰まってしまったが、やがて「…わかったよ」と呟いて腰に手を当てて怒った顔をしている森さんの元へ駆け寄ったのだった。






………そしてこれは、随分先の話になってしまうんだが、退院した高橋さんはやはりと言うか顔に障害が残ってしまった様だった。

破裂した左目の視力はほぼ無くなったし、モノを噛むことだって難しくなった。顔は傷だらけで、伏し目がちになり、見るからに元気が無く、笑顔も忘れてしまった様だった。





でも、噂の彼氏さんは高橋さんと別れる事はなかった。





彼女たちが卒業するまで、俺は校内で高橋さんに献身的に寄り添い、どうにか曇り顔の彼女を笑顔にしてあげようと頑張る彼氏さんの姿をよく見かけた。




「高橋さんの友達を見る目は節穴だったけど、男を見る目は確かだったんだな…」




卒業式で、晴着姿に満面の笑顔の彼女を見た俺はそんなことを呟いたのだった。

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