第4話 桜梅荘の蜥蜴人間 転
守衛から逃げきった俺は、その足で
そもそもプロのクズ大学生である俺は教科書、ルーズリーフ、筆箱はおろかカバンさえ持ち歩かず、基本的な持ち物は財布と携帯と、あとは家の鍵くらいのものだった。
駅前にて町中華に入り、レバニラ定食ごはん大盛りと紹興酒を一杯、それとデザートとして胡麻団子を注文し、それらをペロリと平らげた。
そしてそのまま、駅から続く商店街の路地に入り、そこを出た先のパチンコ屋の隣にあるボロアパートに帰った。
家に着くと、リダイアルで森さんに電話をかけた。
内容は「今日はありがとう」とか「逃げるように帰って申し訳ない」とかそんな感じだった。
そしてテレビでバラエティを見て、俺の主情報源である升田くんから本日尻切れトンボで若干気になっていた高橋さんの彼氏についての更なるゴシップを聞くためにメールをし、熱い風呂に入った後、23時にはベッドの上で漫画を読んでいた。
しかし、町中華から漫画まで、どれか一つでも集中出来たものは無かった。
注意が散漫になり、気が付けば
すると、野口さんからメールが届いた。
内容は“上の階の子も下の階の子も
俺は携帯を閉じ、ふと時計を見た。
23:57を表示していた。
「……やっぱ行くか」
俺はそう呟いてベッドから起き上がった。
そして新しいYシャツと古びたジーパンを身に付け、さらにいつものセーターを着た上から深緑と茶色のタータンチェックのコートを着た。
“俺はこれから、深夜の女子寮に向かう”
字面だけだと完全に変態のソレだったが、着替え終わった直後に俺の行為を正当化させる電話が鳴った。
『南雲先輩!!!私……裏庭……血が!!』
「森さん?どうした?大丈夫か?」
『は、早く来て下さい!!!
「落ち着いて!!とにかく、部屋に戻って鍵をかけて!今から向かうから!そっちに着いたら電話するからそれまで一歩も出るんじゃないよ!!」
そう言って電話を切ると、俺は部屋を飛び出た。
大学までは徒歩10分もかからないため普段は殆ど使わない自転車を引っ張り出し、力一杯ペダルを漕いだ。
電話から6分後、俺は再び“ハリー”から桜梅荘敷地内に侵入し、裏庭を抜けて東棟裏口まで走った。
そして裏口から寮内に入り、森さんに電話をかけた。
「今着いた、一回出てきてくれ」
『南雲先輩……私怖くて…無理です……出れません』
森さんはさっきより少しだけ落ち着いた声色だった。
「大丈夫。今寮内にいるんだけど、それらしい奴はいないから。それに何かあっても俺がいる。絶対大丈夫だから」
そう言うと、電話の向こうからバタバタと動く音が聞こえた。
そして『ガチャ』と鍵を開ける音が聞こえ、奥の扉が少し開いた。
俺は手を振り、小走りで向かった。
「南雲先輩!!」
彼女は俺の姿を見ると急に抱きついてきた。華奢な身体はブルブルと、まるで雪山で遭難したかの様に震えていた。
「もう大丈夫、安心して…」
俺は、抱き返すのもどうかと思ったので頭を軽く撫でた。
森さんは化粧を綺麗さっぱり落としていた。
そして、化粧を落とした方が断然可愛かった。
彼女の話はこうだ。
時刻は00:00を少し過ぎた頃、今日も今日とて外から音が聞こえた。
しかし、今日の音はいつもと少し違って“ドン”ではなく“ドグジュ”といった音で、直後に女性の悲鳴が聞こえた。
そして意を決して裏庭へ見に行くと、暗闇の中で女性が血だらけで倒れているのを見てしまい、慌てて俺に電話をかけたとの事だった。
「良くわかったよ、怖いのに話してくれてありがとう。俺はこれから現場を見に行く。森さんは部屋に戻って鍵をかけるんだ。絶対に開けちゃダメだからね」
「待って!!一人にしないで下さい!!」
「大丈夫、部屋にいれば襲われないから」
「無理です!!無理無理無理!!」
「でも行かないと…すぐ戻って来るからさ」
「だったら私も行きます!」
「はぁ!?えっ逆に大丈夫なの??」
「1人にされるくらいなら!!代わりに絶対に置いてかないで下さいね!!!」
森さんは混乱を通り越してハイになっていた。
「……わかった、行こう。」
俺がそう言うと森さんは手を握ってきた。
恋人というよりは、牛でも引っ張ってるんじゃないかって位重かった。
そして再び裏口を通って裏庭に出て、事件現場に向かった。
深夜の裏庭は果てしなく暗かった。
俺は一度屋上に掛かるロープ越しに頭上を確認したが、やはりというか星どころか月も出ていなかった。
その後、横たわるシルエットの方へ目を向けた。
「………高橋さん?」
横たわる女生徒を見て俺はそう呟いていた。
疑問系だったのは、顔が潰れていて殆ど判別不能だったからだ。
しかし、服とか手についていた絵の具や、付近に落ちていた携帯の機種でギリギリ高橋さんと認識する事が出来た。
森さんは後ろで吐瀉物を撒き散らしていた。
俺は屈んで高橋さんの手を取った。
脈を取って生きている事を確認し安堵していると、不自然な事に気付いた。
ポケットから携帯を取り出してライトで照らしてみたが、高橋さんの周りだけやたらと小石が沢山落ちていた。
しかも小さいサイズではなく、どれもこれも明治マカダミアチョコくらい大きかった。
俺はそれを一つ拾ってまじまじと眺めていると、後ろから「ひっ…!」と小さい悲鳴が聞こえた。
振り返ると、森さんが壁を指差していた。
壁の方へ向き直ると、たまたま照らしていた壁にべっとりと血が付いていた。
俺は恐る恐る立ち上がり、石をポケットに入れてライトを上に向けた。
壁に付着していた血は、所々ではあったが3階辺りまで続いていた。
近くでよく見ていると、尻尾の様に細い血痕と足跡の様な血痕が上に向かって掠れていた。
「これってつまり………
「落ち着いて、森さん…」
「だって、壁に血っ……う、上に向かって……壁を登ってってる……」
「
「でも……でも……」
森さんは信じられないくらい震えていた。俺は振り返って彼女の肩を掴んだ。
「いいかい森さん?よく聞いて。
俺は今まで予言者や毒蛇、怪人、鬼人、犀人間、魔人、死神、吸血鬼、悪魔、人形使い、魔女……果ては“魔王”なんて呼ばれてた奴らとやり合ってきた。
でも、どれ一つとして本物の化物なんていなかったよ。蓋を開けてみれば皆ただの人間だった。
だから、超能力も魔法も呪いも地獄も天国も無いし、怪人や鬼人や悪魔や吸血鬼や魔王もいないんだ。
ましてや
…いいかい?本当に怖いのは、今も昔も俺たちみたいなただの人間なんだ……
だから自分の中で敵を必要以上に大きくしちゃうのは止すんだ……いいね?」
森さんは震えながらも、コクコクと頷いた。
俺は両手を離し、ポケットから携帯を取り出した。
「とりあえず、今やらなきゃいけないことは先ず救急車と警察を呼ぶんだ。そして寮母さんと宿直の守衛さんを叩き起こして来てくれ」
「南雲先輩は…?ついて来てくれますよ…ね……?」
「もちろん!
ただその前にどうしても行かなきゃいけない所があるんだ。」
「行かなきゃいけない所?」
「ああ、どうしても今行っときたい。
森さんは……1人になっちゃうけど寮母さんと守衛さんを頼む。電話の類いは俺がしておくから。」
暫し沈黙が訪れたが、やがて彼女は頷いた。
「ありがとう、じゃあ急ごう!終わったら連絡するから!」
俺はそう言って彼女の肩に手を乗せた。彼女は微笑んで「私……怖いけど頑張ります!」と言って裏口の方へ向かった。
「あ!森さん!」
俺は5m先の彼女を呼び止め、左手の人差し指を立てて彼女へ見せた。
「これ、何本に見える?」
「一本です!」
「正解!じゃあアレは何本?」
俺は左手をそのまま上に上げた。彼女は上を向いてロープを数え始めた。
「1、2、3、4…………8本です!」
「…そうだね。
ちゃんと落ち着いてるね!心配してたけど大丈夫そうだ!」
「はい!じゃあ私行きますね!警察と消防に電話よろしくです!」
「任せろ!」
そう言って、俺は東棟裏口へ走っていく彼女の背中を見送った。
そして暫しの間空を見上げながら警察と消防に電話をし、やがて俺も重い足取りで走り出した。
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