第3話 桜梅荘の蜥蜴人間 承

「せんぱーい!」


野口さんと入れ違いで森さんが戻ってきた。



「お疲れ様、ごめんね走らせちゃって」



「いえ、全然大丈夫です!で、さっきのは…?」



「あぁ、ここを見て」

俺は壁を指差した。



「ここがどうかしましたか?」



「西日でちょっと見えにくいかな?でもここだけ他の所より苔が薄くない?」



「うーん……あ!確かに!結構色が違いますね、丸になってる!」



「でしょ?それにここだけじゃなく、あそことかも…」

俺は壁の色の違う部分を次々に指差していった。



「確かに!言われてみればそうですね!」



「その中でも、一番苔が薄い壁を叩いてみたの。そしたらビンゴだったってわけ。」



「なるほど…」



「だいたいドッチボールくらいの大きさだけど、何かが深夜にここを叩くから森さんの部屋に音がするわけ」



「わかりました!あ、でもズルズルと壁を這う音は?」



「それは……まだわかんないや」



「そうですか…」



「…あ、上のあのロープ、なんの為にあるか知ってる?」

俺はそう言って人差し指を上に向けた。



「え?ロープですか?いやーちょっとわかんないです…」



「あそこに5本規則正しく並んでるのが五線譜らしくて、星と月の位置を音符に見立てて曲を作った時に使ったものなんだよ

 その後、ロープが4本増えて今みたいになったんだって」

俺は早速得た知識を披露した。



「あ、だからあそこだけキッチリしてるんですね!

 たしか夏祭りとクリスマスに電飾されたり、後はなんか横長や縦長の…旗?みたいなのが吊るされてたのは見たんですけど、由来は知らなかったです!」



「横断幕と垂れ幕ね……周りでそう言う話とか聞かなかった?」



「はい、多分知ってる子はあんまりいないんじゃないかな?」



「なるほど」

俺がそう呟くと、野口さんから(久々に)メールが届いた。





🕒️2010/4/21 18:07

From noguchi-kitten117@doco

件名 ごめーん(-人-;)

ーーーーーーーーーーーーーーー


ごめん!

ウチの上下の子たち、まだ帰って

きて無いみたい( ノД`)…


夜にまた聞いてみるから、その時

改めて連絡します(^^)d


一回そっち戻ろっか(´・ω・`)?


      - END -       






「メールですか?」

俺が画面を見ていると、森さんがそう訊ねてきた。



「ああ、ちょっと返信しちゃうから待っててね」




「彼女さんですか?」



「ちゃうちゃう」


俺は『了解、とりあえずこっちは大丈夫だよ』とだけ打って携帯をパタンと閉じた。



「とりあえず、今日出来ることはもう無いかなぁ」



「そうですか…あ、私の部屋でお茶でも飲みますか?」



「それも良いけど、あそこにいる子達誰?」

俺は裏庭に着いた時から居た女生徒たちを指差した。



「あの子たちは美術サークルの人たちですね」



「へぇ!壁の絵描いたり、曲作ったり、結構活動的だな」

俺と森さんはそんな事を話し、その子らの元へ向かった。



「こんにちは、何してるんですか?」

俺は女生徒4人組に声をかけてみた、が、何故かドン引きされていた。



「この人は南雲先輩です。私が蜥蜴人間の事で相談したんです」

森さんがフォローを入れてくれた。



「…え?南雲くん?」



「え?……あ、高橋さんと小畑さんじゃないの!」



「久しぶり!南雲くん!」



「最近はちゃんと授業出てるの?」



「ついさっき出なきゃいけない必修の5限が終わった所だよ。そしてその時間俺はここに居た」

俺が腕時計を見ながらそう答えると二人は笑った。



高橋さんと小畑さんは後輩二人に、自分の代の友達だと説明してくれた。

和やかになった雰囲気のなか、俺は美術サークルの四人に「蜥蜴人間の這いずる音を聞いたことある?」と聞いてみたが、森さんと裏庭を挟んで対角線の112号室に住む高橋さんも、406号室の小畑さんも、309号室と203号室の後輩ちゃん二人も、噂は知ってるけど音は聞いたことが無いとのことだった。



「あ!そういえば風の噂で聞いたよ。高橋さん彼氏出来たんだって?」



「えー……もう、南雲くんは相変わらず耳が早いのね…」



「まぁね、つっても相手が誰かは知らないんだけどね…」



「結構長く続いてますよね?もうそろそろ半年でしたっけ?」

高橋さん達の後輩の1人がそう訊ねた。



「去年のクリスマスに付き合ったから、まだ4ヶ月くらいよ!」

高橋さんは顔を赤くしていた。



「結構な頻度で“ハリー”を通ってくるから、もう半年くらい経ってるかと思ってましたよ!」

もう一人の後輩がそう言うと、俺を含めた周りの全員が囃し立てた。



そしてあんまりにも盛り上がってしまったため、俺は守衛さんに気付かれて逃げるように桜梅荘を去ったのだった。






この後、あんな凄惨な事件が起きるなんて、この時の俺は想像だにしていなかった。

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