第2話 桜梅荘の蜥蜴人間 起



蜥蜴退治の依頼を受けた後、俺と森さんは真っ直ぐ桜梅荘に向かった。


……向かったはいいけれど、男である俺は女子寮に真正面から入ることが出来ないため、先人たちが遺したというを目指して桜梅荘裏手の林を森さん先導で歩いていた



「南雲先輩!ここです!」

桜梅荘外壁に着いた森さんは、コンクリート壁の一角を指差していた。


「どれどれ…?」

俺は屈んで壁を押してみた。



「うおっ!」

驚いた!触ってみるまで穴が布で隠されてると気づけなかった。それほどまでに、この布は完璧にコンクリートを模していた。


「スゴいですよね!これ、ずっと昔の美術サークルの先輩が描いたらしいんですよ!」


「にしても、本当に残ってたとは…俺が一回生の時にはもう粗方塞がれてたのに…」



「はい!私も寮の先輩から聞いたんですよ!

 で、これは“ハリー”って呼ばれてるトンネルで、彼氏持ちの先輩は代々この穴から彼氏さんを寮内に入れていたとか…」



「偉大なる先達に敬意を表したい気分だ」



「正しくそうですね!」


そう言うと、森さんはよいしょ!と可愛く呟いてトンネルを潜っていった。



「大丈夫です!守衛さんは居ませんよ!」

塀の向こうから森さんの声が聞こえ、俺もトンネルを潜って寮内に入った。



こそこそと寮内を進み、いわゆる裏庭に着いた。

パラソル付のテーブルやお洒落な椅子、望遠鏡、丸太を加工したベンチ、乾かされてる油絵、果てはキャンプ道具などが置かれていて、バカンスに来ている気分になった。



「カラフルだね」

俺はそう言って辺りを見回した。


「可愛いでしょ?」

森さんはそう言って胸を張った。



「なんか変な形してるね、桜梅荘。」



「そうなんですよ、カタカナのコみたいな?漢字のぼこみたいな?

 四階建てで、今居るのは丁度三辺に囲まれた裏庭で、東棟と西棟に裏庭に続く扉が一つずつあって、凹のしたの部分が南棟。南棟には居住者は居なくて通路と正面玄関があります。」



「説明ありがとう、よくわかったよ。」




森さんと話しながら裏庭を進むと、数名の女生徒がいた。

男が入ってきたと悲鳴でもあげられるんじゃないかと心配したが、幸いなことに大丈夫だった。ここではそんなに珍しくのかな?



「ちなみに、森さんの部屋はどこら辺に面してる?」


俺は、きっと美術サークルが描いたであろう壁一面の絵を見ながらそう訊ねた。



「ここです、101号室。凹で云う所の右下ですね。」


凹で云う所のなんて、きっと今後聞くことは無いだろうなと思いながら、俺は指差された方を見た。



指差された壁は、苔だかカビだかで深緑に染まっていたが、不自然な部分もあった。



「ちょっと一回部屋戻ってみてくれない?寝室に着いたら電話してよ」



「わかりました!……あ、番号…」



「あぁそうね、えーっと090……」


番号を聞いた森さんは、凹の右上部分(東棟)にある裏口まで向かっていった。


すると後ろから声をかけられた。




「こんにちは、森ちゃんの彼氏さんですか?」


俺は振り返って声の主を見た。



「あ、なんだ南雲くんじゃない!」


声の主は同学科で、履修がよく被ってた野口さんだった。



「やぁしばらく。てか野口さんも桜梅荘住みだったんだね」



「そうそう!で、今日はどうしたの?また事件?」



蜥蜴人間リザードマンだよ、森さんに相談されてさ」



「あ!知ってるわそれ!実はね、私もよく聞くのよ!深夜0時くらいに、外からズルズルって」



「野口さんもかい!?」



「ええ、クシャクシャ?ガサゴソ?みたいな音をここ最近は結構…まぁ噂は噂。あんまり気にしてなかったんだけどね!」



「ちなみに、部屋はどの辺?」



「あそこよ!ほら!」



そう言って、野口さんは森さんの部屋の丁度2階上を指差した。



「ふーん…なるほど……」



「何かわかった?」



「いや、まだ全然。でもなんか繋がりかけてる…」



すると電話の着信音が鳴った。



「野口さんごめん………あ、もしもし?」



『もしもーし!森です!今寝室に着きました!』



「あ、オッケー。じゃあちょっと待っててね」



俺はそう言うと森さんの部屋に面している壁を叩いた。



『えっ!えっ!……夜聞いたのとおんなじ場所から音がします!!』



「やっぱり?」



『はい!どうしてですか!?』



「こっちで説明するよ、申し訳ないけどもう一回戻ってきてくれない?」



『わかりました!』

森さんはそう言って電話を切った。



「野口さん、君の下の部屋と上の部屋に住んでる子に聞いてきて欲しい事があるんだ。お願いできるかい?」



「いいけど…何を聞くの?」



「夜に野口さんが聞いた音をその子達も聞いたことがあるかどうか、頼むよ」



「わかったわ、じゃあちょっと待っててね!終わったらメールするから!」



「あ、最後に一つ!」



「何?」



「あれって何?」

俺はそう言って上を指差した。



「あれ?…あぁ、あれはロープよ。東棟と西棟を渡すロープ」

野口さんは俺の指の先にある、9本のロープを見上げてそう答えた。



「なんかの物流にでも利用してるの?」



「いえ、あれは確か私達の代の子がやったの。

 誰だったかまでは覚えてないんだけど、美術サークルの生徒がやったもので、あそこのロープだけ規則正しく5本並んでるのは五線譜を模してるんだって!

 で、各季節の星と月の位置を計測して実際に曲にしたらしいのよ!題名は確か【星と月のワルツ】だったかな?

 他のロープはあの5本の後に横断幕とか垂れ幕を垂らすために取り付けたものだったと思うけど……もしかして、何か事件と関係ある?」



「いや、多分無いんじゃないかな?まだわかんないや」

俺はそう言って笑った。



「そう?まぁ良いわ、とにかく行ってくるね!」


野口さんはそう言って東棟の裏口へ駆けていった。

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