第48話
「ちょっと心美、なにしてるの!?」
母親の悲鳴が聞こえたのは夕食時だった。
あたしは今まさにご飯を食べようと口を開いたところだった。
「え?」
首を傾げて母親を見る。
母親の顔はひどく青ざめていて、あたしの手から箸を奪い取ってしまった。
「どうしたのお母さん?」
驚いて聞き返す。
「どうしたのって……なにを食べようとしてるの!?」
その言葉にあたしは自分の茶碗を見下ろした。
茶碗の中には大量のチョコレートが入れられている。
チョコレートに混ざり、死んだ蟻やチョウチョも入っている。
前に大西さんが死んだ虫を栄養にすればいいと言ったことを、今でもしっかり守っているのだ。
死んでもなお生き続ける。
それは虫にとっても幸せなことだと考えたからだ。
「なにか変?」
あたしは首を傾げて質問する。
なにがおかしいのか理解できなかった。
どうして母親が青ざめているのかわからなかった。
混乱している内に父親が仕事から帰って来て、家の中は大騒動となってしまった。
「今から病院へ行くのよ」
「病院? どうして?」
「いいから、早く来て」
母親に無理矢理車の後部座席に乗せられ、父親の運転する車で病院へと向かう。
その間にも何度もどうしてなんでと聞いたけれど、母親も父親もなにも答えてくれなかった。
やがて車は病院に到着し、あたしはいやおうなしに診察室に通されてしまった。
母親が隣で必死にあたしの状態を説明すると、医者は深刻な表情を浮かべ、あたしの脳の状態を検査することになってしまった。
「なにするの? あたしは別に悪いところなんてないよ?」
必死に訴えかけても、誰も聞いてくれない。
両親はそんなあたしを見て泣きそうな顔をするばかりだ。
CT検査と呼ばれるものをした後、あたしと両親は診察室に呼ばれた。
診察室の雰囲気は重々しく、医者はあたしを見た後ふくざつな表情を浮かべた。
「娘さんの脳はなにかによって浸食されています」
え……?
あたしは瞬きをして目の前の医者を見つめた。
白髪交じりの髪の毛が数本跳ねているのがわかった。
額には汗が滲んで浮かんでいる。
「もしかして、ガンですか?」
母親が身を乗り出して訊ねる。
「現段階では言い切れません。なにせ、見たことのないモヤが写っているもので……」
そう言い、医者は紺色のハンカチを額に押し当てて汗をぬぐった。
「見たことのないモヤですか……?」
父親が聞くと、医者は頷いた。
「とにかく、このまま入院していただきます。明日以降、詳しい検査をしていけたらと思います」
「入院!?」
あたしは思わず叫んでいた。
こんな時に入院なんてしていられない!
大西さんは今大切な状況なんだ。
あたしだけのんびり寝ていることなんてできない!
診察室から逃げ出そうとしたあたしを、両親が抱きしめるようにして止めた。
「嫌! あたし入院なんてしない!」
「大丈夫だから、落ち着きなさい!」
「離してよお父さん! あたしは正常なんだから!」
どれだけ暴れても、嫌だと叫んでも効果がなかった。
両親は二人とも泣きそうな顔であたしのことを押さえつけている。
そんな悲しい顔をするなら、どうして自由にさせてくれないんだろう。
あたしは正常なのに、なんで……!?
「鎮静剤を打ちましょう。落ち着きますよ」
注射器を持った医者があたしに近づいてくる。
「やめて!!」
チクリとした痛みが腕に走り、あたしはそのまま崩れ落ちたのだった。
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