第46話

「死んだ蟻はあなたの栄養になるのがいいと思うの」



その言葉にあたしはもう一度死んだ蟻へと視線を向けた。



数匹の蟻は力なく横たわり、少しも動かない。



この蟻をあたしが食べる……?



そう考えた瞬間、頭の奥の方から『やめて!!』と、自分の声が聞こえて来た気がした。



けれどそれはほんの一瞬の出来事で、すぐに掻き消えてしまった。



「それ、いいアイデア」



あたしは大西さんへ向けてそう言い、死んだ蟻へ近づいた。



指先で救い上げて手のひらに載せていく。



その死骸を見ているとジワリと視界が滲んで来た。



知らず、涙があふれ出してしまったようだ。



今なら、ギャルの奏が自分の身を投げ出してまで蟻を守った理由が痛いほど理解できた。



きっとあたしも同じことをするだろう。



あたしはそのまま手のひらに乗った蟻の死骸を口の中に入れた。



味わうようにゆっくりと粗食する。



土に混ざって蟻の味がする。



カリッとして噛みごたえのある皮膚を突き破ると、中からプチッと弾けるように内臓が飛び出した。



そのひとつひとつをいつくしむように舌の上で転がして、飲み下した。



そして満面の笑みで振り返る。



大西さんも同じように笑顔を浮かべていたので、あたしは大満足だったのだった……。


☆☆☆


「このまま隣のクラスの女王を蹴落としましょう」



大西さんがそう言ったのは3日後の昼休憩中だった。



全員が大西さんの席に集まってきたところだった。



「でも隣のクラスの女王も随分仲間を増やしてるみたいだよ」



そう言ったのはヒナだった。



ヒナは仲良く遊星と手を繋ぎ合っている。



同じ仲間になったことで、再び心を通わせはじめたのだ。



「それなら、こっちももっと増やせばいいの」



大西さんはなんでもないことのように言う。



「そういえば前に見たことがあるの」



あたしは以前、B組のギャルと他の生徒たちが公園で言い争っていたことを説明した。



あの時も互いにキスをすることで、自分の女王が変更されていた。



「その通り。一度他の女王の元についていても、こちらからキスをすることであたしが女王になることができる」



そうやって敵陣を責めていけば、大西さんが勝つ事ができるのだ。



「ゆっくり、確実に仲間を増やして行きましょう」



大西さんの言葉に誰もが賛同の声を上げた。



「ねぇ、ちょっといい?」



あたしはひとりでB組へ向かい、一人の男子生徒を呼び止めた。



眼鏡をかけた男子生徒は手に甘いお菓子を持っていて、今まさに自分の女王様、アイリへ持っていくところだったみたいだ。



「なに?」



早くアイリにお菓子を持って行きたいようで、あからさまに嫌な顔をされてしまった。



「ちょっと話があるの」



あたしはそういうと眼鏡男子の手を握りしめて、強引に歩き出した。



そのまま多目的トイレのドアを開けて入って行く。



「なんだよこんなところで……」



彼が最後まで言い終える前に、あたしは背伸びをしてキスをしていた。



一瞬大きく目を見開く男子生徒。



それでもあたしは唇を離さなかった。



徐々に表情を替え、恍惚としたものになっていくのを確認して、ようやく身を離す。

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