第45話
それは腰が砕けるようなキスだった。
触れた瞬間全身に電流が駆け巡り、唇を押し付けられると力が抜けた。
次に柊真の口の中から何かが移動してくるのがわかった。
きっと、蟻だろう。
それらはあたしの喉を通り、体の奥深くに入り込んで行った。
果たしてあたしの体は繁殖機として役立つのだろうか?
そんな考えた一瞬頭をよぎるが、すぐに快楽によって掻き消えた。
その後は夢中になってキスをした。
初めてキスがこれほど気持ちの良い物だとは思っていなかった。
互いにむさぼるようにして唇を求めた。
だけど、このキスが気持ちいいのは柊真が相手だからとか、好きだからとか、そんな感情は関係ないということはもう理解していた。
ただ、感染してしまったからだ。
きっと、感染者の誰とキスをしたって同じくらい気持ちがいいはずだ。
その悲しみを感じる暇もないくらい、胸の奥がうずく。
もう柊真と離れたくないと感じていたころ、唇が引きはがされた。
「そろそろいいんじゃない?」
大西さんが笑顔で言った。
あたしはぼんやりとした頭で頷く。
クラスメートが周囲に入ることとか、感染してしまったことなんてどうでもよくなっていた。
ただひたすら心地よい気分だ。
「これであたしの女王クラスが出来上がったわ」
大西さんはそう言い、満足そうに笑ったのだった。
☆☆☆
時折腹部が蠢くような気配を感じた。
嫌な感覚ではなく、まるでわが子の胎動のようで愛しさを感じた。
次に毎日強烈に甘い物が欲しくなった。
お小遣いのほとんどをチョコレートやあめ玉に投資して食べたけれど、あたしが太ることはなかった。
きっとお腹の中にいる蟻たちの食事になっているのだろう。
そしてもうひとつ、あたしの人生に大きな変化が起きていた。
無条件で大西さんのことを愛していると感じるようになったのだ。
それは柊真に感じる恋心なんかよりももっともっと強い愛情だった。
それこそ、生まれたてのわが子のようだ。
大西さんがどれだけ我儘を言っても可愛らしいと感じるし、彼女の言うことは全部叶えてあげたいとすら思うようになった。
だから「毎日甘いものが食べたい」と言われた時も、躊躇なくお菓子を学校に持ってくるようになった。
クラスメートたちと同じように並び、大西さんにお菓子をあげるのだ。
大西さんが笑って「ありがとう」と言ってくれると、嬉しさがつま先から頭の先まで全部駆け巡って行く。
彼女の笑顔が見られるなら、なんでもやることができた。
それはある日の体育の授業中のことだった。
「可哀想に、死んでる」
大西さんが憂いを帯びた表情でそう言ったのであたしはすぐに駆け寄った。
「どうしたの?」
「見て、蟻よ」
大西さんが指さした先のグラウンドでは確かに数匹の蟻が死んでいた。
きっと前の授業で使ったクラスの子たちが踏みつぶしてしまったのだろう。
あたしの胸に強烈な痛みが走った。
蟻たちを踏み殺すなんて信じられない。
なんて野蛮な連中なんだ。
怒りと悲しみが胸中に広がり、言葉もでなくなってしまった。
それでも可哀想だから埋葬してあげようと思って足を踏み出した時「その蟻、食べてよ」と、大西さんが声をかけてきた。
あたしは足を止めて振り返る。
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