第44話

大西さんが今ターゲットにしているのはあたしじゃない。



柊真の方だ!



大西さんは羽交い絞めにされている柊真の前の前に立ち、両手で柊真の頬を包み込んだ。



柊真は必死に左右に首を動かして抵抗しているが、すごい力が加わっているようで次第に動かなくなってしまった。



やがて、大西さんの顔がそろそろと、楽しむように柊真に近づいて行く。



「やめて!!」



あたしが叫んだところで聞いてくれる生徒なんてひとりもいなかった。



後ろから別の生徒に手で口を塞がれ、叫ぶことさえ許され無くなる。



大西さんはそんなあたしの反応も楽しんでいるのだろう、時折こちらへ視線を向けてはほほ笑みかけて来た。



そしてついに……。



大西さんの唇が柊真に触れていた……。



そのキスは今までみてきた誰よりも濃厚なものだった。



触れるだけでは飽き足らず、柊真の唇に何度もキスを落とし、そして舌を出して愛撫した。



キスをされた瞬間、柊真の表情はとろけた。



逃げなきゃいけないとか、抵抗しなきゃいけないとか。



そんな正常な判断は消え去り、ただ目の前の快楽浸る。



クラスメートたちが柊真から手を離すと、柊真は自ら大西さんの唇を求めて彼女の体を抱きしめた。



あちこちから聞こえて来る笑い声は、クラスメートのものだった。



みんな柊真が仲間になったことを喜んでいるようだ。



その中にヒナの顔を見つけたあたしはギュッと胸が押しつぶされるような感覚に陥った。



つい数時間前まではヒナだってあたしたちの仲間だったのに……。



もう無理なんだろうか。



どう頑張っても、あたしたちに勝ち目はないんだろうか。



絶望感が胸を支配していく。



やがて大西さんは柊真から唇を離して「思った通り、素敵なキスだったわ」と、呟いた。



その呟きが胸に突き刺さる。



柊真を見ると、恍惚とした表情を浮かべて口の端からヨダレを垂らしている。



「柊真……」



ようやく口から手が離れたのに、叫ぶことができなかった。



ただただ悲しくて、絶望で胸が押しつぶされて、柊真の名前を必死で呼ぶことしかできなかった。



「これでA組のほぼ全員があたしの味方になった。あなたはどうする?」



大西さんがあたしの目の前へ移動してきて試すように聞いて来た。



その質問にあたしは目を見開く。



A組で正常な人間はあたしひとり。



こんな中で放置されてしまうほうがずっと恐ろしかった。



それを知っていて、大西さんはわざとあたしに選択させようとしているのだ。



あたしはきつく奥歯を噛みしめて涙があふれ出すのを我慢した。



ヒナが言っていた。



仲間になった方が楽なんじゃないかって。



いまならその気持ちが痛いほどに理解できた。



このままひとりでいることを選んだら、きっと大西さんはあたしを孤独へと突き落とすことだろう。



あたしひとりを仲間にすることくらいどうってことないはずなのに、それをせずにあたしを見て楽しむことだろう。



「どうする?」



大西さんの顔が近づいてきたので、あたしは思いっきり睨み返してやった。



こんな最低女とのキスで仲間になるなんて嫌だった。



仲間になるとしても、絶対に大西さんとはキスしない。



「……柊真となら」



あたしは小さな声で言っていた。



最後の抵抗。



ただで仲間になってやることなんて、絶対にしない。



大西さんは一瞬目を見開いてあたしを見たが、すぐに笑みを浮かべた。



「そう?」



大西さんが柊真へ振り向くと、柊真はフラフラと前へ出て来た。



「そうね。やっぱり好きな人からのキスが一番だと思うわ」



後ろからあたしを羽交い絞めにしている生徒が力を強める。



なにがあってもあたしを解放しないつもりなんだろう。



熱に浮かされたような目で柊真があたしを見つめる。



その熱が、あたしが与えたものならよかったのに。



互いに熱に浮かされてするキスなら、どれほど良かっただろう。



あたしは目の前に立つ柊真にほほ笑んで見せた。



涙があふれ出しそうなのをグッと押し殺しているから、唇が微かに震える。



それでも笑顔を作った。



柊真との初めてのキスなのだから、絶対に泣きたくなかったのだ。



柊真の顔が近づいてきて、お互いに呼吸音がよく聞こえ始める。



互いの体温を間近で感じ、そして柔らかな感触が唇に訪れた……。

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