第43話

ヒナと遊星がいなくなった後も、しばらくその場から動くことはできなかった。



どうしてこんなことになってしまったんだろう。



どうにかして回避する方法はなかったんだろうか。



「そうだ柊真……前に言ってたよね。寄生虫を撃退する薬のこと。その薬が実際にあれば、きっとみんな元通りだよね?」



それは以前希望を感じていたことだった。



薬があれば寄生虫を……寄生している蟻を退治できる。



「薬なんてどこにある?」



柊真が座り込んだまま呟いた。



「え?」



「そんな薬どこにある? あればとっくに解決してるよな?」



「柊真……」



いくら友人たちを観察していたって、弱点はわからなかった。



日に日に仲間が増えて、別の女王蟻まで出現して縄張り争いが始まっている。



そんな中で薬の存在なんて、夢のまた夢だった。



寄生虫を撃退する薬なんて存在しない……。



頭のどこかでは理解していたはずなのに、言葉にしてみると絶望感が体中を覆い尽くしていく。



それでもなにか方法があるはずだ。



絶対に、なにか……。



考えても頭の中は真っ白だった。



人間に寄生した蟻を餓死させることは難しい。



クラスメートたちは毎日次々と甘いお菓子を運んでくる。



それこそ、働き蟻そのものだ。



それなら殺虫スプレーはどうだろう?



先生の時のようにクラスメートひとりひとりに噴射していくのだ。



そうすればきっと体内にいる蟻は死滅する。



でもそのかわり、クラスメートたちの体にも異変をきたすだろう。



「どうすればいいの……」



良い案は何も浮かんでこなくて、あたしは柊真の横にうずくまった。



それこそ、縄張り争いをして互いを食い殺していけばどんどん味方は少なくなっていくだろう。



そうすれば女王蟻は崩御するかもしれない。



あるいは、他の学校に去っていくかもしれない。



でもそのためには沢山の犠牲が出る……。



「ここにいたの?」



そんな声が聞こえてきてあたしと柊真は同時に顔を上げた。



視線を向けるとそこには大西さんがほほ笑みを浮かべて立っていた。



大西さんの後ろにはあたしと柊真以外のクラスメート揃っている。



みんなハチミツの香りを身にまとわせ、大西さんと同じような笑みを浮かべてあたしたちを見おろしている。



微笑んでいるはずの顔には表情がない能面のように見えて、背筋がゾッと寒くなった。



咄嗟に立ちあがって逆側から逃げようとするが、すぐに数人の生徒たちに立ちはだかられてしまった。



隣に立つ柊真があたしの手を握りしめる。



その手は微かに震えていて、緊張しているのか汗が滲んでいた。



「柊真君ってとても素敵。初めて見た時から気になってたの」



クラスメートたちから取り囲まれた柊真へ一歩一歩近づいてくる大西さん。



逃げ場のないあたしたちはその場に立ちすくむしかなかった。



「あなたとキスしたいって、ずっと思ってた」



大西さんがそう言って真っ赤な舌を蛇のようにチロチロと出して見せた。



「お前なんかとキスするくらいなら、舌を噛み切って死んでやる」



柊真が大西さんを睨み付け、早口で罵倒する。



大西さんはその罵倒に動じる気配も見せず、カラカラとおかしそうな笑い声を上げた。



「そこまで嫌われてるなんて思わなかった。ショックだわ」



そう言いながらもほほ笑んだままだ。



大西さんはあたしたちに特別な感情なんて抱いていない。



あたしたちがここまで感染してこなかったのは、十分に注意していたからに他ならない。



ジリジリと近づいてくる大西さんから逃げようとして後退した瞬間、後ろで待機していたクラスメートたちがあたしと柊真の体を羽交い絞めにしていた。



途端に身動きがとれなくなり、額から冷たい汗が流れ出す。



柊真とつないでいた手も離れ、後方から抱きすくめられるようにして拘束されてしまった。



「心美!」



柊真が青い顔をして叫ぶ。



あたしは返事をすることができなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る