第38話

「遊星やめて……」



ヒナがあたしの後ろで震えている。



視線を動かくと柊真が他の生徒に取り囲まれているのが見えた。



遊星の顔はもう目の前。



それこそ、呼吸すると前髪が揺れる距離にある。



もう、ダメだ……。



キツク目を閉じ、呼吸を殺す。



ヒナの前で遊星とキスしてしまうことは拷問に近い行為だった。



でも仕方がない。



あたしがこうしている間に、どうにかヒナに逃げて欲しかった。



「ヒナ……逃げて!!」



叫んだと同時に遊星の唇が一瞬触れていた。



その感覚に驚いてハッと目を見開いた瞬間、遊星の体が壁まで吹き飛ぶのを見た。



え……?



一瞬、なにが起こったのか理解できなかった。



だけど今あたしにキスをしようとした遊星は床に倒れ込み、そして遊星が立っていた場所には柊真の姿があった。



柊真は肩で呼吸をして遊星を睨み付けている。



「柊真……どうして?」



柊真は他のクラスメートたちに取り囲まれていたはずだ。



そう思って元々柊真がいた場所へ視線を向けてみると、数人の生徒達が口の端から血を流して倒れているのが見えた。



まさか、柊真がやったの!?



あたしは唖然として柊真を見つめる。



一度反撃されたのか、柊真の頬は赤く腫れていた。



「逃げるぞ」



授業が始まる寸前、あたしたち3人は教室から逃げ出したのだった……。


☆☆☆


3人でやってきたのは屋上へ続く踊り場だった。



屋上への入り口は封鎖されていて開かない。



「柊真、大丈夫?」



さっきまで目立たなかった頬の腫れは時間と共に膨らんできていた。



一応ハンカチを濡らしてきたけれど、これで腫れがひくかどうかわからなかった。



「このくらい平気だ。お前らは大丈夫か?」



あたしは頷く。



柊真が危機一髪で助けてくれたおかげだ。



ヒナはあたしの隣で膝を抱え、ずっと震えていた。



顔色が悪く、今にも倒れてしまいそうだ。



「ヒナ、大丈夫?」



あたしはヒナの肩を抱きしめてそう聞いた。



ヒナは青い顔をしたまま何度か小刻みに頷いた。



遊星があんな風になってしまって、しかもあたしにキスしようとしてきたのだ。



ヒナの心の傷は計り知れない。



「遊星が、心美にキスしようとするなんて……」



「それは仕方ないよ。遊星だってやりたくてやったんじゃないよ」



あたしは早口でそう言った。



と言っても、もしも柊真が同じことをしたらと考えたら、なんの慰めにもならなかった。



「話を変えないか?」



いたたまれなくなったのか柊真がそう言って来た。



「そうだね……」



「B組の転校生、アイリって言うんだっけ? あの子のことは、どう思う?」



そう聞かれてあたしは可愛らしい女の子を思い出していた。



大西さんよりも背が低く華奢で守ってあげたくなるタイプの子だった。



2人の共通点は漆黒の髪の毛を持っているということくらいだ。



「大西さんもクラスメートたちも、転校生の子に敵意をむき出しにしてたよね」



あたしは教室内の様子を思い出して言う。



「どうして転校生を敵視するんだと思う?」



柊真にそう聞かれてあたしは指先で顎に触れた。



転校してきてからたった一日で反感を買ったようには見えない。



アイリという子はその容姿でB組でもとても人気が高いようで、嫌われるとすれば女子たちからだと思う。



けれどA組では男子も女子もあの子のことを嫌っているように見えた。



それに、転校生が来たからもっと仲間を増やさないといけないと言っているような感じだった。

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