第37話
いつの間に転校生の名前を聞いてきたんだろう。
大西さんはずっと教室にいて、B組の転校生なんかには興味がないように見えたのに。
「あんな子よりも大西さんの方がずっと綺麗なのにね!」
「そうだよね! 後からきて人気になったからって調子に乗ってるよね!」
真後ろの席で始まった悪口大会に、居心地の悪さを感じて席を立った。
といってもあと数分で授業が始まってしまうので教室の外へ逃げるのは億劫で、結局ヒナと柊真の元へ行くしかなかった。
もう、この教室内で大西さんのとりまきになっていないのはあたしたち3人しかいない。
「転校生に対してあれだけ敵意をむき出しにするなんて、なにかあったのかな」
柊真は大西さんの様子を観察して呟く。
でも、B組の転校生が来てからまだ1日しか経っていない。
なにかあったようにも思えなかった。
「こっちも負けていられないわね。もっともっと、仲間を増やさないと」
大西さんがそう言い、こちらへ視線を向けた。
ただの偶然だろうかと思ったが損目はまっすぐにあたしを見ているのだ。
大西さんに見つめられ、たじろいで後ずさりをしてしまう。
大西さんはその視線を隣にいる柊真、そして自分の席に座っているヒナへと向けた。
嫌な予感がして背中に汗が流れて行く。
ゴクリと唾を飲み込んでその視線を受け止めた時、A組のクラスメート全員がこちらへ振り向いたのだ。
沢山の目があたしを見つめる。
ジッと、なにか言いたげに見つめる。
ヒナがその視線に恐怖して息を飲む音が聞こえて来た。
しかし、みんなは視線を逸らさない。
ただ見られているというだけの行為なのに、呼吸が止まってしまいそうだった。
「仲間を増やさないとね」
ひとりの女子生徒が呟くように言って一歩近づいてきた。
「仲間を増やさないとな」
そう言ったのは遊星だった。
遊星はユラリと体を揺らしてヒナに近づく。
あたしは咄嗟にヒナの前に飛び出していた。
遊星が相手だと、ヒナはきっと逃げられない。
今まであたしたちは1人になることを避けて行動していたから、みんなもなかなか手出しできなかったのだろう。
でも、教室内で全員で襲い掛かられたら、ひとたまりもない。
「いい加減目を覚ませよお前ら!」
柊真がこらえきれず叫ぶ。
しかし、感染していない人間の声など誰にも届きはしない。
クラスメートたちは傷の入ったCDのように「仲間を増やさないとね」と同じフレーズを繰り返し、ジリジリとこちらへ近づいてくる。
あたしはヒナの方へ振り向いてその体を強く抱きしめた。
ヒナは恐怖心から真っ青になり、小刻みに震えている。
この状態では逃げることもままならないだろう。
でも、ヒナだけは守りたかった。
高校に入学して間もなくできた大切な友達だ。
ヒナがいなければ柊真と仲良くなることもなかったかもしれない。
震えているヒナの体をキツク抱きしめたその時だった。
あたしの肩を誰かが強く押していた。
あたしはヒナを抱きしめたまま体のバランスを崩して倒れ込んでしまった。
ヒナは小さく悲鳴を上げ青ざめた顔をあたしの背中側へと向けている。
あたしは振り向いて肩を押した人物を確認した。
遊星だ……。
「遊星……」
震えるヒナの声が聞こえる。
立ち上がって逃げ出す暇なんてなかった。
遊星の顔はすぐ目前まで迫ってきている。
あたしは体を反転させ、遊星の方へ顔を向けた。
「遊星。あんたは好きな女子の一人も守れないの?」
目の前にいる遊星に声をかける。
いつもならおちゃらけた笑顔を浮かべる遊星が、今は無表情であたしを見つめていた。
きっと、感染させる相手は誰でもいいのだろう。
とにかく仲間を増やすことしか頭にないのだ。
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