第35話
☆☆☆
大山君の家まで走るとものの5分で到着した。
額から汗が流れ出し、呼吸が乱れる。
その呼吸を整える暇もなく、あたしたちはチャイムを鳴らしていた。
しかし、中から人が出てくる気配は感じられない。
「大山! いるんだろ!?」
外から声をかけてみても、やはり反応はなかった。
家にはいないんだろうか……?
そう考えて周囲を見回した時、家の中からドタドタと階段を駆け下りて来る音が聞こえて来たのだ。
「大山!?」
柊真が再び叫ぶ。
「痛い……! 誰か助けて!」
家の中から聞こえて来た悲鳴は大山君のもので間違いなかった。
あたしたちは顔を見合わせ、柊真はドアをノックした。
「大山どうした!? 玄関を開けてくれ!」
「痛い痛い痛い……!」
どうにか玄関へ近づいているようで、大山君の声は徐々に近づいてくる。
やがてカチャッと鍵が開閉される音が聞こえてきて、柊真は勢いよく玄関を開けた。
「大山!?」
柊真はそう言った瞬間、その場に固まってしまった。
「どうしたの?」
そう声をかけ、襲う襲る柊真の後ろから玄関内を覗き込んだ。
その瞬間……大量の蟻が玄関に蠢いているのが見えた。
蟻の大群のせいで床が真っ黒に塗りつぶされてみえるほどだ。
その先へ視線を向けると大山君が仰向けになって倒れている。
「痛い……痛い……」
と呟くその顔には何匹もの蟻が這い回り、口や鼻、耳や目の隙間からせわしなく出入りしている。
「イヤアアア!」
後ろにいたヒナが悲鳴を上げてその場にうずくまった。
「き、救急車!」
柊真が我に返ったように叫んだのだった……。
☆☆☆
大山君の家の人がいなかったので、あたしたち3人は病院まで付き添うことになった。
その間大山君になにが起こったのか質問されたが、答えられるようなことはひとつもなかった。
様子を見に家に行ったら、もうこんな状態だった。
それは死んだ奏と同じ状態に見えたけれど、大山君はまだ生きている。
これから検査をすれば色々なことが分かって来るだろう。
すごいよすごいよ!
僕は巣になった!
彼らの巣になったんだ!
そのメッセージから読み取れるのは恐怖や絶望ではなく、歓喜だった。
大山君は確かに自分が蟻の巣になったことを喜んでいたように感じる。
もしかしたら、奏もそうだったのかもしれない。
誰よりも先に繁殖機として成功した彼女は、自信の事を誇りに感じていたのかもしれない。
「こんにちは」
院内で突然声をかけられて振り向くと、そこには警察官の姿があった。
大山君の尿検査を行ってもらった人だ。
どうしてここにいるんだろうと疑問を感じていると「近くに救急車が停まったから、駐在所から確認してたんだ。そしたら君たちと大山君が出て来たから、追いかけて来たんだ」と、説明してくれた。
「とても普通じゃない様子だけど、大山君は大丈夫なのか?」
「わかりません……」
あたしはうなだれて左右に首を振った。
体内から大量の蟻が出てきたとすれば、手術をして取り除くことになるだろう。
普通ならそれで終わりかもしれないが、大山君は洗脳までされているのだ。
簡単にことが終るとは思えなかった。
「尿検査の結果だけど、彼は陰性だったよ」
沈黙してしまったあたしたちに少しの希望を与えようとしたのか、話題を変えてそう言って来た。
しかし、あたしたちの心はその言葉でもっと深く沈んでしまった。
大山君から薬物は検出されなかった。
つまり、大西さんはキスした時に薬物を口に含んだりはしていなかったということなのだ。
それは、現実から非現実への入り口だった。
「そうですか……」
うなだれて呟く柊真。
「君たち大丈夫か? 随分と顔色が悪いぞ? なにか相談があれば乗るが……」
警察官としての正義感からか、そう言って来た。
とてもありがたい申し出だったけれど、真実を話したところで信用してもらえるとは思えなかった。
下手をすれば業務妨害になってしまうかもしれない。
あたしたちはなにも言えないまま、ただ大山君の回復を待つしかなかったのだった。
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