第34話

素敵……?



この状況でどこからそんな言葉が出て来るのだろうか。



あたしは自分の耳を疑っていた。



ヒナは青ざめてうずくまってしまっている。



「彼女は虫を助けただけじゃなく、繁殖機としても有能だったのね! 彼女ひとりの体でこれだけ仲間が増えるなんて!」



大西さんは興奮気味に言い、そして大きく嘆息した。



その表情は奏の体から出て来る蟻を見てうっとりと目を細められていたのだった。


☆☆☆


蟻。



大西さんに寄生しているのは、蟻。



奏の葬儀に参列したことで、それが判明した。



ハチミツの匂いがしていたから蜂かと思っていたが、そうではなかったようだ。



女王様と呼ばれるのは、女王蟻だから。



しかし、大西さんという名の女王蟻は自分で子供を産み続けるわけじゃない。



自分が持っている蟻をキスで誰かに寄生させ、そこで更に繁殖させる。



きっとクラスメートたちの体内にも奏と同じようにウジャウジャと蟻がいることだろう。



繁殖機となった生徒は脳まで犯され、大西さんの奴隷になる……。



「隣のクラスに転校生が来たらしい」



重苦しい声色で柊真がそう言ったのは昼休憩中だった。



あたしたち3人は教室から出て、学校の中庭で昼食を食べていたところだった。



「え?」



ヒナが目を細めてそう聞き返した。



「珍しいよな。こんな中途半端な時期に来るなんてさ」



柊真が含みを持たせた声でそう言った。



一瞬、大西さんが転校してきた日のことを思い出していた。



教室内に入った瞬間甘い香りがして、その美しさに時間が止まってしまったかと思ったほどだ。



「今回は、普通の子だよね?」



ヒナが怯えた表情になって柊真へ聞いた。



「この学校にはもう女王蟻がいる。さすがに、違う蟻が入ってくることはないと思う」



柊真の言葉にあたしはホッと胸をなで下ろした。



ハンパな時期に転校してくるということで、つい疑心暗鬼な考え方になってしまう。



「隣のクラスって、奏がいたクラスだね」



あたしは死んでしまった奏に思いをはせて呟く。



あの葬儀の後葬儀場は大パニックになっていた。



死体から大量の蟻がでてきたのだから、当然だった。



火葬されるはずだった奏の体は司法解剖に回されることになったらしい。



「そんなことよりさ、そろそろ大山君の検査結果が出るよね」



気を取り直すようにあたしは言った。



色々なことがあって忘れてしまいそうだが、大山君の薬物検査をしたのだった。



「そうだったな。ちょっと連絡してみるか」



そう言って柊真がスマホを取り出す。



大山君とはあれ以来会っていないけれど、どうしているだろうか。



《柊真:最近どうしてる? そろそろ検査結果が出たんじゃないか?》



《大山:すごいよすごいよ! 僕は巣になった! 彼らの巣になったんだ!》



その文面を見て柊真は顔をしかめ、あたしたちに内容を見せてくれた。



「巣になった?」



ヒナが首をかしげている。



あたしも同じ気分だった。



巣になったとはどういう意味だろう?



《大山:彼らにはちゃんと役割分担があるんだ僕の体の中で繁殖する者。僕の口や鼻の穴から出入りしてエサを取る者……》



「なんのことを言ってるんだ? 巣になったとか、役割分担とか」



呟く柊真に、あたしはハッと大きく息を飲んでいた。



「蟻の巣……?」



あたしの小さな呟きは誰もいない中庭に大きく響いた。



蟻には役割分担がある。



子供を産み続ける女王蟻とエサを取ってくる働き蟻。



それらが大山君の体内にいるということなんだろうか?



考えて、サッと血の気がひいていくのを感じた。



「様子を見に行ってみよう」



柊真はそう言い、食べかけのお弁当を閉じて立ち上がったのだった。

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