第33話

「大熊さんは天国に行ける!」



「あたしも見習って、虫のために命を差し出そう!」



「俺もだ! 彼女は英雄だ!」



次々と席を立ち、叫び始める生徒たち。



さすがに先生は涙をひっこめて混乱した表情で教室内を見回した。



それでも生徒たちの歓声は止まらない。



虫のために死んだ奏をたたえ続けている。



「みんな落ち着いて! 友達が亡くなったのは悲しいけれど、落ち着いて!」



先生がいくら叫んでも、その声が止まる事はなかったのだった……。



☆☆☆


奏の葬儀は翌日執り行われることになった。



本来なら奏と同じクラスの生徒達と、特別仲の良かった友人だけが参列できるものだったが、A組の生徒達が職員室へ押しかけてぜひ参列したいと懇願したことで、当日あたしたちもその場へ行くことになった。



葬儀場の雰囲気は少し異様なものだった。



同じクラスの仲間が泣くのはわかるが、それよりもA組の生徒達が号泣しているのだ。



それほど仲が良かったわけでもなく、奏とは会話をしたことのない生徒だっているはずだ。



それなのに、A組の生徒たちは一様に涙を流して奏の遺影に縋り付いた。



「奏は虫を助けて死んだから、A組の生徒からすれば英雄なんだね……」



あたしは少し離れた場所でその光景を見つめて呟いた。



あたしの隣にはヒナと柊真が立っている。



「ありえない……」



ヒナが小さな声で呟き、俯いた。



遊星はみんなと一緒に涙を流して奏に最後の礼を伝えているところだった。



奏が死んだこと自体が悲しいわけではないというのが伝わって来る、薄っぺらい涙だ。



それでも奏の親族たちは奏はみんなに愛されていたのだと思い、涙を流して礼を述べている。



その光景を見ていると胸の奥がチクリと痛んだ。



あたしたちまで、親族を騙しているような気分になってきてしまい、目を逸らせてしまう。



それから奏の遺体を入れたお棺が、親族の手によってゆっくりと運び出されて来た。



奏とはほとんど会話をしたことがなかったが、目の奥に熱いものが込み上げてくるのがわかった。



同い年の子が亡くなるなんて、考えたこともなかった事実だった。



静かに聞こえて来るすすり泣きの声と共に、棺桶は車へと運ばれて行く。



これから火葬場へと向かうのだろうが、あたしたちはここで奏とお別れだ。



これで、本当に最後なんだ……。



そう思った時だった。



不意にガタンッと大きな音が聞こえてきて、棺桶を運ぶ親族たちが足を止めた。



今の音はなんだろう?



そう思った時、またガタンッと音が聞こえて来た。



泣き声は止まり、シンと静まり返る。



誰もがなにも言わなくなったとき、ガタガタと繰り返し小さな音が聞こえて来た。



それは奏を入れている棺桶が響いてくる。



棺桶を担ぐ男性陣の顔からスッと血の気が退いていくのが見えた。



そして次の瞬間……ガタンッ! と、ひときわ大きな音がしたかと思うと、棺桶の蓋が外れて落下していたのだ。



「ギャアアア!」



悲鳴と同時に棺桶を放り投げ、その場から逃げ出す親族たち。



落下した棺桶は横倒しに倒れて奏の体が零れでてきた。



でも……棺桶から出て来たのはそれだけじゃなかった。



棺桶の中から蓋をこじ開けたもの……それは、大量の蟻だったのだ。



奏の体を覆いつくす無数の蟻たちが、ウジャウジャと這い出して来る。



それは何万、何億とも言える数で、近くにいた親族たちは悲鳴を上げて逃げていく。



あたしは思わず自分の口に手を当てていた。



蟻は奏の腹部から大量に這い出して来ているのだ。



腹部は赤く染まり、蟻に食いちぎられたのかアチコチに肉片が飛び散っている。



「なんて素敵なの!!」



その光景に叫んだのは大西さんだった。



大西さんは目を輝かせて奏の体を見つめている。

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