第32話

「なんで誰も反応しないんだよ……」



柊真の声にも、あたしとヒナの声にも反応する生徒はいなかった。



これじゃまるで透明人間だ。



「ねぇお願い。あたしの声が聞こえてるでしょう?」



ヒナは懸命に遊星に声をかけている。



でも結果は同じだった。



何度繰り返してみても遊星はピクリとも反応を見せない。



「こんなの変だろ!!」



柊真が我慢しきれなくなって大声で叫んだ。



ビリビリと鼓膜を揺るがすほどの声だったのに、その声に反応する生徒はやはりひとりもいない。



あたしは自分の背中に冷や汗が流れて行くのを感じていた。



感染した者同士は普通に会話しているから、耳が犯されているわけではないとわかる。



だとしたら……無視しているのだ。



感染していないあたしたちの声を、全員が聞こえていないフリをしているのだ。



誰がそんなのことを仕組んだのか、考えなくてもわかった。



……大西さんしかいない……。



彼女は本物の女王様になってしまったのだ。



クラスの女王様。



でも怖いのは大西さん自身ではなかった。



大西さんに逆らおうとする生徒が一人もいないことだった。



全員が大西さんの意見に賛同し、実行している。



あたしたちが泣こうが叫ぼうが、決してその意思を変えることがない……。



遊星が大西さんの前に立った。



途端に表情をほころばせ、嬉しそうにお菓子を差し出す。



大西さんはそれを受け取って礼を言い、そしてチラリとヒナを見た気がした。



「あなたもこっち側へ来たら?」



クスッと笑い、大西さんは確かにそう言ったのだった。


☆☆☆


A組がこんなことになっているなんて、思ってもいなかった。



教室へ戻って来たあたしは失望のどん底にいて、這い上がるための道を探す。



もしかしたら寄生虫を退治できるかもしれないと希望を抱いていた昨日の出来事はまるで夢のようだった。



A組の生徒たちは以前よりもはるかに真面目に授業を受けるようになっていたため、その態度を咎めたり、不審がったりする先生はいなかった。



けれど確実に浸食され、普段の姿は少しも残されてはいない状態だ。



あたしはまだ教室内に残っているハチミツの香りに、何度も吐きそうになった。



そして、最悪の知らせが来たのは午後の授業が始まる前だった。



「隣のクラスの大熊奏さんが亡くなられました」



数学の女性教師は深刻な表情でそう言い、白いハンカチで自分の口を覆った。



奏。



その名前にあたしは呼吸をすることすら忘れてしまった。



奏とはあのギャル3人組の1人だったはずだ。



蟻の行列を守るために赤信号で歩道へ出て、跳ね飛ばされた……。



あたしは体をひねってヒナと柊真へ視線を向けた。



2人とも唖然とした表情で教卓を見つめている。



死んだ……。



「あの子は虫を守ったから、とてもいい子でした」



大西さんのそんな声が教室に響いていた。



みんなの視線が大西さんへ向かうが、あたしは振り返ることができなかった。



「亡くなってもきっと、天国へ行けると思います」



虫を守ったから天国へ行ける?



他人が聞いたら笑われそうな理屈だ。



だけど大西さんは本気でそう言っていた。



涙で声を震わせて、助かった虫の命を思って歓喜している。



「大西さんの言う通り! 生きていた頃虫を大切にすると、きっと死後も安泰だ!!」



そう叫んだのは遊星で、あたしはビクリと体を震わせて振り向いていた。



遊星は立ち上がり、拳を振り上げて叫んでいる。



その異様な光景にヒナが唇を震わせている。

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