第31話

☆☆☆


翌日の空は嫌味なほどに晴れ渡っていた。



梅雨入り前の日差しを浴びながら校舎へ向かう。



見慣れた校舎はいつもより少しくすんで、薄汚れて見えた。



「心美!」



声をかけられて振り向くと、ヒナが走って来るところだった。



あたしは校門前で立ちどまり、ヒナが追いつくのを待った。



1人での行動を慎むため、今日はここで待ち合わせをしていたのだ。



そうこうしている間にヒナの後ろから柊真もやってきた。



あたしたち3人は横並びになり、校舎を見上げる。



一見なんてことはない校舎だけれど、一旦2年A組に入ると誰もがその異様さに気が付くことだろう。



クラスの大半がグループも作らず、ただひとりの机に群がっているのだから。



「行くよ」



あたしは大きく息を吸い込んで、校門へ足を踏み入れたのだった。


☆☆☆


A組に入った瞬間ムワッと甘ったるい匂いが鼻腔を刺激して、あたしは思わず咳き込んでしまった。



教室中を覆い尽くすような甘い匂いは……ハチミツだ。



あたしは大西さんと始めて会った時にハチミツの匂いを強烈に思い出していた。



あれは甘い香水の匂いだと思っていた。



でも、違う……。



大山君の家に行った時も同じ匂いを嗅いだ。



それは蟻の巣の中から漂ってきていた。



小山君はきっと、蟻のエサとしてハチミツをケースに入れていたのだろう。



それよりも、もっときつい甘さだった。



「これ、美味しいから食べて」



「こっちも美味しいよ」



クラスメートたちが次々とそう言い、大西さんの机の上にお菓子を置いていくのが見えた。



そのパッケージにはどれもハチミツと書かれている。



「なんだよこれ」



柊真もヒナも甘ったるい匂いに顔をしかめている。



あたしはそのまま大股に窓へと近づいて行って、大きく開け放った。



この空間にいるだけで気分が悪くなってしまいそうだった。



新鮮な空気を取り入れて深呼吸をした時、ヒナが「もう、あたしたちだけしか残ってないんだ」と、呟いた。



「え?」



聞き返しながら振り向くと、クラス全員が大西さんの席に群がっているのがわかった。



唯一残っていた数人の生徒たちも、今はもう大衆の中へと紛れ込んでしまっていた。



その姿はさながら蟻の行列のようだった。



手に手に甘いお菓子を用意して大西さんへ手渡していく。



その長い列は教室後方まで続いていた。



「あ、遊星!」



ヒナが教室に入って来た遊星を見つけて駆け出した。



とっさにヒナを止めるため、走り出す。



遊星にキスをされてしまったらヒナまで感染してしまう!



「遊星どうして連絡を返してくれないの? 心配したんだよ?」



泣いてしまいそうな表情になってヒナが言う。



しかし、遊星はまるでヒナの姿が見えていないかのように、行列に並んだのだ。



鞄を机に置くこともせず、真っ直ぐに列に入るその姿は以前の遊星ではなかった。



「遊星……?」



ヒナは茫然として立ち尽くし、遊星の姿を見つめている。



「ちょっと遊星、返事くらいしたらどう?」



あたしは遊星の腕を掴んでそう言った。



しかし、遊星は真っ直ぐに前を見つめて立っているだけであたしの声に反応しない。



「遊星?」



顔の目の前で手を振ってみても無反応だ。



まるであたしやヒナの存在が見えていないように感じられて、背筋がゾワリと寒くなった。



「おい、お前ら聞こえるか?」



見ると、柊真が他のクラスメートたちに声をかけているところだった。



その声は焦りを含んでいる。

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