第30話

保健室を追い出されたあたしたち3人はそのまま学校を出て帰路を歩いていた。



さすがにA組に戻る気分ではなかった。



教室内ではみんなが大西さんの近くにいて、彼女を慕っていることだろう。



そんな光景、見たくなかった。



「明日からどうする?」



分かれ道に差し掛かった時、ヒナが不安そうな声色でそう聞いて来た。



明日から教室へ行かなければならないという事実が、あたしの胸にも重たくのしかかってくる。



「仕方ないだろ。クラスに行くしかない」



柊真が歩道のアルファルトを睨み付けて答えた。



「でも、あたしは行きたくない……」



ヒナはそう呟いて俯いた。



遊星の姿を見るのが嫌なのかもしれない。



大西さんに直接キスをされた遊星。



もしも柊真が同じことになってしまったらと考えたら、いたたまれない気分になった。



「気持ちはわかるよ。でも、遊星のこと気になるでしょう?」



あたしはヒナの肩に手を置き、優しい声でそう言った。



ヒナは遊星の名前が出た途端肩をビクリと震わせた。



「遊星は……いくらメッセージを送っても返してくれなくなった。電話にも出ないの」



ヒナの声が悲しみで震える。



「こんなに簡単にあたしと遊星の関係が終るなんて思ってなかった」



そう言うヒナの目に涙が滲んで浮かんでいた。



あたしはヒナの肩を強く抱き寄せる。



ヒナと遊星はよく2人でゲームをして遊んでいたし、付き合うのは時間の問題だと思っていた。



ヒナ自身もそうだったのだろう。



自分と遊星の関係が壊れることなんてない。



そう思って、毎日を過ごしていたはずだった。



それが……大西さんという転校生がすべて奪い去ってしまったのだ。



「もしも遊星を取り戻すことができるなら……?」



不意に柊真がなにかに気が付いたようにそう言っていた。



「え?」



ヒナが驚いたように目を丸くし、柊真を見つめる。



「取り戻すって、どういうこと?」



あたしは柊真に聞き返す。



「どんな寄生虫だって退治する方法はあるはずだ。薬を飲んだり、手術が必要なときもあるかもしれない。だけど、人間は寄生虫に負けてばかりじゃないと思うんだ」



柊真は早口になってそう説明した。



確かにそうかもしれない。



体を寄生虫に侵されてしまっても、そこから先の未来まで閉ざされるわけじゃない。



体が不自由になっても、未来はまだまだ続いていく。



その中で寄生虫を撃退する方法が、なにかあるかもしれない。



そんな考え方は今まで1度もしてこなかったので、一瞬にして未来が明るく開けた気分になった。



「普通の医療機関で調べてもらうこともできるかもしれないし、みんなの様子を観察することでわかることがなにかあるかもしれない」



「そうしたら、きっと遊星は元に戻る!」



いつの間にかヒナの目から涙が消えていた。



代わりに希望を抱き、キラキラと輝き始める。



1度失ってしまったと思っていた遊星との未来が、また見えて来たのかもしれない。



「明日からはクラスメートたちを観察しよう。誰からもキスをされなければ大丈夫なんだから、呼び出しなんかには応じないこと。一人での行動もしないこと」



「そうだな。それを守っていれば俺たちはかからない」



あたしの言葉に柊真は大きく頷いてそう答えた。



教室へ戻るのには勇気が必要だったけれど、この3人ならきっと大丈夫。



この時は確かにそう思っていたのだった……。

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