第29話
「転校生って確か……大西さん? あの子はとても優秀だって聞いているけれど?」
「確かに優秀かもしれません。でも違うんです! ただ勉強ができたりスポーツができるだけじゃない! あの子は……」
そこまで言ってヒナはまた唇を噛みしめた。
今起こっていることを言おうかどうしようか悩んでいるようだ。
「なに? ちゃんと説明してみて? あなたたちが教室へ戻れない原因なんでしょう?」
先生が身を乗り出してそう聞いて来た。
あたしは大きく頷く。
「あの子は少し変なんです。他の生徒たちも、先生も、あの子のせいでおかしくなっていく」
「どういうこと?」
静かに説明するあたしに、先生は眉間にシワを寄せた。
「寄生虫がいると思うんです」
あたしの言葉に先生はポカンとした表情を浮かべた。
柊真とヒナに助けを求めるように視線を送るが、2人とも沈黙を守っている。
本当のことなのだから、信じてもらうしかない。
「大西さんはキスで人に寄生虫をうつす。うつされた人は過激に虫に執着するようになって、虫を守るためにクラスメートに暴力を振るったり、赤信号なのに飛び出して交通事故に遭ったりするんです」
あたしは自分がこの目で見て来たことを説明した。
しかし、先生は瞬きを繰り返すばかりだ。
「確かに人間に寄生する虫はいるわ。だけど、キスで感染していく虫なんて聞いたことがない」
「それでも、いるんです」
柊真が真剣な表情でいい、先生はたじろいだように視線を泳がせた。
あるいは呆れているのかもしれない。
あたしたちの言っていることは非現実的だと、あたしだって十分理解しているのだから。
「仮にそんな寄生虫がいるとして、どうして大西さんが持っていたのだと思うの?」
「それは……わかりません」
あたしは消え入りそうな声で答えた。
大西さんはこの学校へ来る前に寄生されていたのかもしれないし、そうじゃないかもしれない。
でも最初に大山君にキスをしたときにはもう、寄生虫を持っていたはずだ。
だとすれば、ここへ来る前から寄生されていたのだろう。
「たぶん、転校して来る前に寄生されたんだと思います」
あたしは自分の憶測を説明することしかできなかった。
こんな曖昧な話じゃ信じてくれないというのは理解している。
こんな説明じゃ、保健室にいられなくなってしまうかもしれない。
でも、今のあたしにできることはこのくらいのことだった。
「それなら、前の学校でも沢山の感染者が出たと思う?」
その質問にあたしは押し黙ってしまった。
あたしの考え方だと、必然的に前の学校でも同じパンデミックが起こったということになる。
だけどそれじゃダメなのだ。
話しが通じなくなる。
「大西さんが通っていた学校でそんな感染があったなんて話、聞いたことがないわよ」
先生が冷静な声で言う。
ついにあたしはうつむいてしまった。
確かに、あたしも聞いたことがなかった。
SNSなどが発達した今、学校内でこんな奇妙な感染があればどこからか情報が漏れてもおかしくないのだ。
それが、一切そんな噂を聞いたことはなかったのだ。
「君たち3人が転校生に不安を感じていることはわかった。でもね、保健室は遊びに来る場所じゃないの」
先生の声色が厳しくなった。
ヒナが大きく息を吐き出す音が聞こえて来る。
「もう少し自分たちから歩み寄ってみたらどうかしら?」
先生はそう言い、あたしたちを保健室から追い出したのだった。
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