第28話

☆☆☆


『もう遅いわよ』



その言葉通り、あたしたちが男子生徒2人を見つけたときにはもう、2人の唇が合わさった後だった。



その衝撃的な場面を見てしまったあたしたちはその場に立ち尽くし、絶句してしまっていた。



男子生徒は田村君から身を離すと、何事もなかったかのように教室へ戻って行く。



後に残された田村君は恍惚とした表情を浮かべ、廊下に這っていた小さな足を見て愛しむような視線を向け始めた。



「感染したんだ」



柊真が呟く。



「脳まで洗脳されているから、仲間を増やすために誰彼問わずキスをしてるのかも……」



今の光景はそれを証拠づけるものとして十分だった。



2人が愛し合っていたとも考えにくい。



「こうやってクラス中の生徒を感染させる気かもしれない」



「そんなに仲間を増やしてどうする気? なにが目的なんだろう?」



あたしの言葉に柊真は左右に首を振った。



「わからない……。でもきっと、これが生き残る術なんだろうな……」


☆☆☆


「虫を大切にしましょう」



「虫は人間よりもと尊い命を持っています」



「虫を殺すのは人を殺すのと同じ罪になる」



永遠とそんなことを繰り返していた先生は、ついに学校に来なくなってしまった。



どのクラスで授業をしても全く同じ話ばかりを繰り返し、生徒や保護者から多くのクレームを受けたらしい。



それでも、先生は改善しようとはしなかった。



今一番生徒に伝えなくてはならないのは、虫の命のことだと言い張ったようだ。



もちろん、そんなことがまかり通るハズがない。



誰も先生の言葉に耳を貸さなくなった。



時々、真面目過ぎた先生は頭がおかしくなってしまったのだと、憐れみの目を向ける人もいた。



「いいか。先生がこの学校から去ったとしても、絶対に虫の尊さを忘れるなよ」



先生が最後のホームルームであたしたちに教えてくれたのはそんな言葉だった。



そして大きな拍手が沸き上がった時、不意に涙が溢れだして来た。



あぁ……もうダメなのだな。



この2年A組はもう、大半の生徒が寄生されてしまったんだな。



そう、実感したからだった。


☆☆☆


先生が学校に来なくなった翌日から、あたしとヒナと柊真の3人は保健室登校をするようになっていた。



クラスにいれば感染の恐怖に怯えなければならないし、クラスメートたちの話題といえば虫のことばかりになっていたからだった。



3人で椅子を並べ、保健室の先生が用意してくれた長机で勉強をする。



その時間はとても静かなものだった。



チクタクと時計の音だけが聞こえて来る空間。



しかし、時折思い出したようにヒナはため息を吐いた。



そしてスカートからこっそりスマホを取り出してメッセージ画面を確認するのだ。



きっと、遊星から連絡が入っていないかどうか確認しているのだろう。



ヒナは決まって落胆の色を顔に滲ませ、スマホをスカートのポケットに戻すのだった。



「どうして3人はいつも保健室へ来るの?」



保険の先生からそう聞かれたのは昼休憩の時だった。



休憩時間も放課後も教室へ戻ることなく、ここでご飯を食べたりしていたからだろう。



「戻りたくないんです」



あたしはお弁当に視線を落として言った。



「どうして? 3人とも仲良しなら、友達がいないわけじゃないんでしょう?」



そう言われてあたしは柊真を見た。



柊真も何と説明をしたらいいのかわからずに困っている様子だ。



保健室登校は友人がいない子がするもの。



そんな固定観念があるのは仕方のないことだった。



同じクラスの生徒が3人でここへ来るなら、普通に教室へ行けばいいだけのこと。



そう思われても仕方なかった。



「みんな、なにかおかしいんです」



クリームパンを食べていたヒナが口を開いた。



「おかしい?」



「そうです。あの、転校生が来てから……」



ヒナはそう言うと唇をかみしめた。



遊星が大西さんの仲間になってしまったことが悔しいのだろう。

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