第27話

悲しいせいなのか、それとも怒りが混ざっているのか、その表情からは読み取ることができなかった。



「あそこにいる全員が寄生されたってことじゃないよな?」



一番不安を感じていたことを、柊真が唸るような声で言った。



あたしは咄嗟に「そんなわけなじゃん!」と、大きな声で否定する。



大西さんに興味を示していない数人の生徒がチラリとこちらへ視線を向けるのがわかった。



「だけど、大西さんとキスをした相手は感染する。その感染者が誰かにキスをしたら、その誰かも感染するんだろ? ギャルの時がどうだったみたいに」



柊真の言葉にあたしは言葉を失ってしまった。



パンデミックという言葉が脳裏をよぎった。



いつだったか他国から入って来たウイルスが各国で流行し、パンデミックを引き起こした事例を思い出していた。



これはまさしくそれと同じパンデミックだった。



ただ舞台が学校なだけ。



感染する速度が極めて遅いだけ。



それでも、この狭い学校内で感染が拡大すれば、あたしたちは一瞬にして寄生されてしまうだろう。



「絶対に誰からもキスをされなければいいんじゃない?」



そう言ったのはヒナだった。



ヒナは青ざめた顔をしているが、ヒナなりに考えていたのだろう。



あたしは自然と柊真に視線を向けてしまっていた。



整った顔は眉間にシワがより、険しい表情になっている。



少し厚めの唇は何も塗っていないのに艶やかでふっくらとしている。



それを見ているだけであたしの胸はドキドキした。



もしも柊真にキスを迫られたら、あたしは逃げる事なんてできないだろう。



「ねぇ、聞いてる?」



ヒナの声でハッと我に返って視線を戻した。



生徒達は相変わらず大西さんの周辺に群がっていて、どける気配は見られない。



「そうだね……」



あたしはヒナの言葉に頷く事しかできなかったのだった。


☆☆☆


絶対に誰からもキスをされないこと。



そんなの気を付けなくたってできることだった。



誰彼問わずキスをすることなんて滅多にあることじゃない。



でも……今は非常事態だった。



どのくらい感染していて、誰が感染しているかもわかっていない。



もしもクラスメートに呼びだされて無理矢理にでもキスをされたら感染してしまうだろう。



そう考えたあたしは少しでも時間稼ぎができるようにマスクを付けることにした。



こんなことしたって大した効果は得られないかもしれないけれど、マスクをしているだけでも安心することができたのだ。



「田村、ちょっとこっち来いよ」



男子生徒の1人が文庫本を読んでいた生徒に声をかけるのが見えて、トイレから戻って来たあたしは一旦足を止めた。



声をかけた方の男子は大西さんにキスをされた生徒だったからだ。



田村と呼ばれた男子生徒は瞬きを繰り返しながら文庫本を机にしまった。



「僕になにか用事?」



首を傾げている田村君の腕を掴み、半ば強引に教室から出ていく2人。



なんだか嫌な予感がしてあたしはその様子を見つめていた。



「ついていくか?」



後ろから柊真が声をかけてきたので、あたしは頷いていた。



あの2人の接点なんて見当たらなかったし、なんのために呼びだしたのか気になった。



あたしと柊真は早足に2人の後を追い掛けたのだった。



しかし、教室を出た瞬間大西さんが目の前に立っていた。



透き通るような白い肌の上に、桃色の唇がほんのりと笑顔を浮かべて鎮座している。



とても美しいはずなのに、なぜだかその顔がチグハグに見えて混乱した。



「2人とも、慌ててどこへ行くの?」



笑顔を崩さぬままそう聞かれてあたしと柊真は顔を見合わせた。



こうしている間にも男子生徒2人はどこかへ行ってしまうだろう。



「別に、あんたには関係ないだろ」



柊真が冷たい言葉を返し、大西さんの体を押しのけるようにして歩き出す。



あたしは慌ててその後を追い掛けた。



「もう遅いわよ」



とても小さな声だったけれど、大西さんは確かにそう言った気がしたのだった。

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