第19話
閃いたあたしたち3人は一旦学校を出て男子生徒の家に向かっていた。
今は謹慎処分中の大山君の家へ行くのだ。
「大山君が大西さんとキスをしてから随分時間が経っているから、もうシラフに戻ってると思う」
歩きながらあたしは言う。
「そうとも限らないぞ? もしも自分の奴隷を作る目的があるなら、定期的に麻薬を含んだキスをしてるかもしれない。相手が薬物に十分に依存するまでは続けるかも」
柊真のいうことも最もだった。
そうなると大西さんは謹慎中の大山君に何度も会っていることになる。
もしかしたら、もう手遅れかも……。
そんな不安が過ったが、足は止めなかった。
学校から大山君の家まで歩いて10分ほどの距離だ。
大きな橋を渡って右手にそれて5分ほど歩くと、すぐにその家は見えて来た。
灰色の屋根に小さな庭付きの一戸建てだ。
近づいて行くと、隣の犬が大きな声で吠え立てていた。
それに怯えている暇もなく、柊真は大山と書かれた表紙の家のチャイムを鳴らした。
最初、中から反応はなかった。
でもそんなはずはないのだ。
大山君は謹慎処分中だから家にいるはずだ。
もう一度チャイムを鳴らす。
やはり中から誰かが出て来る気配はなかった。
「出てるのかな……」
「謹慎処分中にはうろついちゃダメなはずだろ?」
柊真の言葉にあたしは頷く。
でも、それを守っている生徒はどのくらいいるかわからない。
出直そうか……。
諦めかけたその時だった。
家の中から足音が聞こえてきて、あたしはハッと顔を上げた。
しばらく待っていると、恐る恐るといった感じで玄関のドアが開いた。
出て来たのは大山君本人だった。
ブルーのパジャマ姿で髪はボサボサ、今起きたところなのかもしれない。
「君たちか……」
大山君は覇気のない声で言い、俯いた。
普段から目立たないタイプではあったけれど、ここまで落ち込んでいる様子は初めて見たかもしれない。
あたしは一瞬言葉に詰まって大山君の姿をマジマジと見つめてしまった。
「どうしの、大山君……」
そう言ったのはヒナだった。
ヒナの言葉に大山君はビクリと体を跳ねさせた。
「なにがあったの?」
「別に……なにも……。大丈夫だから」
そう答える声はとても弱弱しくてとても大丈夫には見えなかった。
「でもあたしたち、大山君になにがあったのか知りたいの」
あたしはようやくそう言うことができた。
大山君はジッと地面を見つめている。
そこになにかあるのかと視線を落としてみると、一匹のチョウチョが低い位置を飛んでいる所だった。
チョウチョは白い羽を優雅に動かして飛んでいく。
大山君はそれを見送ってホッとしたように息を吐きだし、ほほ笑んだ。
「なぁ、聞いてるか?」
柊真が不安そうな声で聞くと、大山君はやっと顔を上げてほほ笑んだ。
さっきまでの沈んでいた雰囲気はいつの間にか消えている。
「聞いてるよ。心配してくれてありがとう。でも、大丈夫」
声色もハッキリして、ハキハキとした口調になる。
今の間に一体なにがあっただろう?
あたしは飛んで行ったチョウチョへ視線を向けて首を傾げた。
「よかったら上がって行く? せっかく来てくれたんだからお茶でも出すよ」
大山君の方からそう声をかけてくれたので、あたしたちは頷いた。
麻薬をしていないか? なんて質問、外でできることじゃなかった。
「おじゃまします」
3人で家に上がらせてもらうと、甘いハチミツのような香りが鼻腔を刺激した。
この匂い、大西さんから漂ってくるのと同じ匂いだ。
不快ではないけれど甘ったるい匂いに思わず顔をしかめてしまう。
「先に上がってて。階段を上がって一番手前の部屋だから」
大山君はそう言うと軽快な足取りでキッチンへと向かった。
大山君の部屋のドアを開けた瞬間、甘い匂いはキツクなった。
それは喉を刺激するほどの匂いで何度かむせてしまった。
「なんだこれ……」
先に部屋に踏み入れていた柊真が唖然とした声で言う。
「どうしたの?」
質問しながら後に続いた瞬間、巨大な透明ケースが目に飛び込んできていた。
普段は水槽として使われるそれが大の上に置かれ、半分ほど土が入れられている。
その中にいたのは大量の蟻だったのだ。
蟻は土の中に巣を作り水槽の側面からそれが見えるようになっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます