第8話

「あれ、なにしてんのかな?」



パソコン教室でホームページ作成の授業を受けていた時、後ろの席からそんな声が声が聞こえてきてあたしは画面から顔をそらした。



移動教室の席順ももちろんあたしが一番最初。



隣に座る大西さんは熱心にキーボードを叩いている。



体を斜めにして教室内の風景を確認してみると、大山君が窓辺に立ってなにかしているのが見えた。



後ろの生徒たちは、きっとあれを見て会話していたのだろう。



「大山、どうかしたのか?」



先生が気が付いて声をかける。



しかし、大山君は返事もせずに窓辺にへばりつき、何かを両手ですくい上げるような仕草をした。



「おい、大山。席に戻れよ」



友人が声をかけても、その声は全く届いていないようだ。



先生が軽く舌打ちをして大山君に近づいて行く。



「大山、どうした?」



そう声をかけて大山君の手の中をのぞき込む。



次の瞬間、先生は眉間にシワを寄せていた。



「蟻……?」



先生が怪訝そうな声で言う。



「入り込んでたんです」



大山君はそう答え、窓を開けて手のひらに乗っている蟻を外へ出した。



「そんなもの後でいいだろう」



先生の呆れた声を、クラスメイトの笑声が聞こえる。



その間、隣の大西さんはジッと画面を見つめて作業を続けている。



自分の彼氏がちょっと奇妙な行動を取っていても、気にしていない様子だ。



「人間の前で蟻は無力なんです。誰かに踏みつぶされるかもしれない」



「そりゃそうだけど……まぁいいか。早く授業に戻れ」



先生はガリガリと頭をかいてそう言うと教卓へと戻って行く。



それによってクラスメートたちの好奇心も引きはがされ、みんながパソコン画面に戻って行く。



あたしも授業の続きをしようと思って視線を戻した時だった。



チラリと見えた隣の席のパソコン画面には、沢山の蟻の写真が貼られていたのだ。



見間違いかと思った。



大西さんは熱心にパソコン画面へ向かっていて、あたしがのぞき見していることに気が付かない。



あたしは目だけ動かして大西さんが使ってるパソコンへ視線を向けた。



その画面には大量の蟻の写真が張り付けられていたのだった。


☆☆☆


あの子ってなんか変なのかも。



そんなことを相談できる子はヒナしかいなかった。



他のクラスメートたちはみんな大西さんの味方状態だから、悪口めいたことなんて言えるわけがない。



「大西さんは最初からキャラクターが崩壊してると思ってたけどねぇ」



体育館の倉庫でヒナが呟く。



あたしはパソコン教室で見た画面のことを説明したところだった。



「キャラクターが崩壊?」



質問しながら授業で使うラケットを準備する。



「うん。美人で優秀な転校生なんて、どこのラノベよ」



ヒナはそう言ってシャトルの入った箱を持ち上げた。



「これで欠点がないなんて言ったら、余計に怪しいよ」



「完璧すぎるってこと?」



「そうだよ。今まで17年生きてきて、大西さんみたいな子見たことないもん」



そう言われればそうかもしれない。



勉強ができてもスポーツが苦手だったり、美人だけど性格が悪かったりするのはよくある話だ。



だけど大西さんは今のことろどれもこれも完璧で、そのせいで現実的ではなくなっている。



「美人転校生は蟻マニアって、それはそれで人間味が出てきていいと思うけど」



ヒナはそう言って笑った。



蟻マニアなんて言葉、初めて聞いた。



欠点というより、変わった趣味と言った感じだ。



2人して倉庫から出ると女子たちが体育館の入り口に立ってざわついていた。



大西さんとそのとりまきだけ、少し早めのストレッチを始めている。



あたしたちは道具を体育館の中央に置き、体育館の入り口へと足を向けた。



「なにを見てるの?」



誰とはなしに声をかけてみると「男子がサッカーの練習をしてるんだけどね……」



と、声が返って来た。



男子のサッカー風景なんて珍しくない。

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