第7話

大西さんと付き合えたことがよほど嬉しいのだろう。



「でも、本当に大西さんと大山君が付き合い始めたんだねぇ。なんか嘘みたい」



ヒナは大山君が出て行ったドアを見つめて呟いた。



「本当だよね。だけど、大西さんに彼氏ができてホッとした」



「うん。わかる」



あたしの本心にヒナは大きく頷いて同意してくれた。



この安堵感を覚えているのはきっとあたしたちだけじゃないだろう。



彼氏がいる子、好きな人がいる女子たちはみんな大西さんの存在を脅威に感じるはずだ。



「でもさぁ、本当に大山君のことが好きだったのかな?」



ヒナが声を小さくしてそう言った。



あたしは頷く。



「そうだよねぇ……」



一目ぼれということは確かにあるのかもしれないけれど、大山君は地味な生徒だ。



転校初日に告白されてオッケーを出す相手だとは思えなかった。



でも……。



あたしは後方でなされている会話に耳を傾ける。



あれだけの美人はきっと沢山の男子たちに告白をされてきたのだろう。



その中で大山君という目立たない存在の男子は珍しく、彼女にとっては良かったのかもしれない。



もしあたしの考えが正しければ、大西さんが遊星や柊真に目を向けることはないかもしれない。



なにせ2人とも学年内で1位と2位と言われているほどのイケメンだからだ。



☆☆☆


その後も休憩時間に入る度、大山君は大西さんの席までやってきて甲斐甲斐しく世話を焼き始めた。



「お腹すいてない?」



「チョコレート食べる?」



「さっきの授業わかった? 教えようか?」



よくもそこまで気に掛けることができるものだと、感心してしまうほどだ。



いい加減うっとうしくなりそうに感じるが、大西さんは声をかけられるたびに笑顔で答えた。



「今はまだお腹減っていないよ。だけどチョコレートは貰おうかな。ありがとう、大山君って勉強が得意なんだね」



相手を失望させないような上手い受け答え。



それに物腰がとても柔らかくて、聞いているだけで癒される。



その声にどんどんのめり込むように、大山君の頬は緩んでいく。



「おい大山、顔キモいぞ!」



大山君の友達がそんなヤジを飛ばしてきても、全く気にしていない。



「なんかすげーなー」



移動教室の時、柊真があたしの隣を歩きながら呆れたように言った。



柊真の視線の先には前を歩く大山君の姿があった。



大山君はひとりで大西さんの分の教科書やノートを持ち、足早に教室へ向かっている。



先について彼女の机に置いておくのだそうだ。



そんなこと、大西さんは頼んでいないのに。



「あれだけ美人だと、大山君みたいになっちゃうんじゃないの?」



大山君は嫌われまいと必死なのだろう。



「そういうもんかなぁ?」



柊真にはいまいち理解できないようで、首をかしげている。



「柊真は甲斐甲斐しく世話をしてあげたい子っていないの?」



柊真は一瞬こちらへ視線を向けて、それから「色々やってあげたいって思う子はいるけど、でもその子の自主性を積むようなことはしたくないかな」と、答えた。



『その子って誰?』



そう質問しようとしたとき、すでに教室の間の前まで来てしまっていた。



あたしは喉から出かかった言葉を飲み込んで、小さくため息を吐きだしたのだった。

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